【乾くるみ】『セカンド・ラブ』についての解説と感想

本記事では乾くるみさんの小説『セカンド・ラブ』を紹介します。

セカンド・ラブ

セカンド・ラブ

著者:乾くるみ

出版社:文藝春秋

ページ数:298ページ

読了日:2024年12月16日

満足度:★★★☆☆

 

乾くるみさんの『セカンド・ラブ』。

タロットシリーズの「THE HIGH PRIESTESS(女教皇)」。

「2011本格ミステリ・ベスト10」13位。

 

あらすじ

1983年元旦、ハラモク工業の工員・里谷正明は、

会社の先輩・紀藤和彦に誘われたスキー旅行で、大学院生の内田春香と出会う。

正明は春香にほのかな恋心を抱くが、春香とは釣り合うわけがないと諦めていたが、

その数日後、正明のもとに春香から会って話がしたいと電話が入る。

そして会ってお互いの生まれ育った環境を語り合い、

正明は春香から靭(つよ)い人と褒められることに。

知りあって一ヶ月が経ち、順調に交際が進んでいた二人にあるハプニングが起きる。

銀座でデート中に、突然口髭の紳士に春香が腕を掴まれ、

「美奈子。お前、よくも騙したな!」と言いがかりをつけられた。

口髭の紳士は春香を歌舞伎町の「シェリール」のホステスと勘違いしているようだが、

春香は身に覚えがなかった。

ある日ひょんなことから、正明は「シェリール」を訪れることになる。

 

登場人物

・里谷正明:ハラモク工業の工員。26歳。

・内田春香:東栄大学の院生。

・半井美奈子:シェリールのホステス。源氏名は「ミナ」。

 

・紀藤和彦:里谷正明の先輩。ハラモク工業の工員。

・井崎:ハラモク工業の町田工場の工員。

・倉持:ハラモク工業の町田工場の工員。二度の傷害事件で服役経験がある。

・原田:ハラモク工業の社長。

・堀内:ハラモク工業の町田工場の工員。綽名はゴリ内。

 

・高田尚美:紀藤和彦の恋人。内田春香の大学時代の友達。

・内田父:内田春香の父親。不動産会社の経営者。

・内田母:内田春香の母親。

・アキ:シェリールのホステス。

・ユキ:シェリールのホステス。本名は森昌子

・松本:口髭の紳士。シェリールの客。

 

ネタバレなしの感想

清楚で美しいお嬢様・内田春香と交際を始めた工員・里谷正明が、

やがて春香にそっくりな双子の妹・美奈子と出会う。

清楚な春香と大胆な美奈子、対照的な二人の間で揺れる心、

二度読み必至の恋愛ミステリー。

イニシエーション・ラブ』と

時代設定や恋愛ミステリーというテーマを同じくした姉妹編的な一作になっている。

 

イニシエーション・ラブ』が一見ただの恋愛小説で、

読んでいて退屈なのと比べると、本書『セカンド・ラブ』は序章で、

内田春香と半井美奈子に関する謎が提示されているので、

ある程度を持って読み進むことができるだろう。

恋愛ものとしても春香と美奈子の間で揺れる正明の心理が描かれているので、

物語に変化が与えられているので読んでいて飽きないようになっている。

 

個人的には『イニシエーション・ラブ』よりも、

本書『セカンド・ラブ』の方が面白かった。

最初読み終わった後はちょっと拍子抜けしたけれど、ネットで考察を読んで、

二度読みをするとかなり印象が変わる作品になっている。

 

 

ネタバレありの感想

まずミナ(半井美奈子)=内田春香というのは、基本的には予想通りだった。

真相に関しては、終章で分かりやすい形にしているのは

ご都合主義的な印象はあるけれど、分かりにくいよりは良いかな。

美奈子の醜悪さを際立たせているというのも悪くはなかった。

 

驚いたのは里谷正明が自殺して幽霊になっている点で、ここでかなり驚いた。

そして序章を読み直して、

披露宴の新郎新婦が紀藤和彦と内田春香で、

正明は幽霊として披露宴を見ていたことにはじめて気づいた。

 

見事騙された時点で偉そうなことは言えないけど、

ここまでであればそこまでの衝撃は無かったけれど、

ネットの考察の春香と美奈子が入れ替わっていたという説を

読んでかなりの衝撃を受けた。

春香が付き合っていた西川を振ったのも入れ替わり中の美奈子であったり、

交通事故に遭った美奈子の免許証の更新や死亡後の免許証の所持の

問題も入れ替わりで説明できるというのがかなり納得できた。

(これネットの考察見なかったら絶対に私には分からなかった。)

 

君はその最大の嘘を、これからもずっと隠し続ける覚悟が本当にできているか?

(14ページ)というのも、春香と美奈子の入れ替わりであれば非常にシックリくる。

 

あとは146ページと147ページにある霊感の話が最後に

しっかりと伏線として回収されている。

 

以下疑問点としては、

意味深な倉持の存在がよく分からない。

被害者に賠償金を払って、完済した後に夜逃げするというのが謎すぎる。

 

婚約指輪を買う宝飾店で店員が指輪のサイズを八号か、あるいは七号あたりが

ちょうどいいと言っているのに、実際は五号というのはよくわからない。

さらにミナが七号と嘘をついた理由も私には理解できなかった。

 

おそらく話としては正明が靭い人なのに自殺するというのを描きたいんだろうけれど、

読んでいてあまり納得はできなかった。

あと登場人物は正明含めて共感しづらかった。

それでもネットの考察ありきだけど、かなり楽しむことはできた。

 

ミナが引っ越した後の二〇三号室に住んでいた一九〇センチくらいの背が高く

目付きの悪い男は、天童太郎。

【奥田英朗】『最悪』についての解説と感想

本記事では奥田英朗さんの小説『最悪』を紹介します。

最悪

最悪

著者:奥田英朗

出版社:講談社

ページ数:656ページ

読了日:2024年12月12日

満足度:★★★★☆

 

奥田英朗さんの『最悪』。

このミステリーがすごい!』2000年版国内編7位。

沢田研二さん主演で映像化されている。

 

あらすじ

小さな鉄工所の社長・川谷信次郎は、近隣の住民から騒音公害と訴えられ、

取引先銀行とのトラブルに見舞われる。

気が弱く自分の意思を主張するのが苦手な銀行員の藤崎みどりは、

家庭の問題や上司からのセクハラに悩んでいた。

親と絶縁しパチンコとカツアゲでその日暮らしをする自堕落な青年・野村和也は、

チンピラと組んでトルエンを盗み出したはいいものの、

借りた車のナンバーを通報され大金を要求されてしまう。

そんな三人が思わぬ形で交錯することになる。

 

主な登場人物

・川谷進次郎:川谷鉄工所の社長。長男で大学生の信明と長女で高校生の美加がいる。

・藤崎みどり:かもめ銀行の北川崎支店の営業課で的口業務を担当している。

野村和也:無職。パチンコやカツアゲ、トルエンを盗んで生活をしている。ニ十歳。

 

・川谷春江:川谷進次郎の妻。

・コビー:川谷鉄工所の従業員。出稼ぎのタイ人。

・松村:川谷鉄工所の従業員。二十歳。

・山口:山口車体の社長。

・太田:川谷鉄工所の向かいのマンションに住む夫婦。騒音被害を訴えている。

 

・裕子:藤崎みどりと同期で融資課。

・高梨:かもめ銀行の北川崎支店の行員。国立大学出身。

・岩井:かもめ銀行の北川崎支店の営業課の行員。

・玉井:かもめ銀行の北川崎支店の営業課の課長。

・木田:かもめ銀行の北川崎支店の営業課の課長代理。

・柴田:かもめ銀行北川崎支店を毎日のように訪れる老人。支店周辺の大地主。

 

・藤崎めぐみ:野村和也のことを「ケン」と呼ぶ少女。藤崎みどりの異母妹。十七歳。

・タカオ:野村和也の知り合いのチンピラ。

・楓:スナック『ミツコ』で働いている女性。

・山崎:タカオに車を貸した「舘野親和会」のヤクザ。

 

ネタバレなしの感想

鉄工所の社長・川谷信次郎、銀行員の藤崎みどり、

そしてパチンコやカツアゲをして生活している野村和也の三人の視点で

並行して語られる群像劇でクライム・ノベルの傑作『最悪』。

 

内容としては、鉄工所の社長・川谷信次郎は工場の騒音問題に銀行との融資問題。

銀行員の藤崎みどりは妹が高校中退でブラブラしていることに頭を悩ませていて、

銀行のイベントに出席したら支店長からセクハラを受けてしまう。

野村和也はチンピラと組んでトルエンを盗み出すも現場を目撃されていて、

組から大金を要求されたために、さらに犯罪に手を染めていくというもの。

 

一応クライム・ノベル(犯罪小説)とジャンル分けされているけれど、

反社会的要素があるのは野村和也だけで、

あとの二人は至って普通の人間なのでそこまでクライム・ノベル要素を

期待しない方がいいかもしれない。

 

カツアゲをしたり、トルエンを盗んだりする野村和也は自業自得な感があるものの、

川谷信次郎も藤崎みどりも真面目に仕事をしている人間で、

そんな彼らが理不尽な目にあい、

ドツボにはまっていく様が非常に事細かに描かれている。

なので読んでいてスカッとするとか、楽しいと感じるよりも、

川谷信次郎や藤崎みどりに感情移入してしまって結構きつくなる作品でもある。

 

私は野村和也のパートが一番好きで、

それは読んでいてあまりつらくならずに読むことができたというのが一番大きい。

あと野村和也も育った環境を考えると大いに同情すべき部分はあるので、

そこまで嫌な人間ではないというのも良かった。

 

明確なストーリーの面白さというよりも、

三人についてデティールがしっかりと描かれていて感情移入しやすくなっていて、

グイグイと物語に引き込んでいくものになっている。

 

読んでいて結構きつく、しんどい部分もあるけれど、

不思議と読後感は爽やかな感じになっているのも含めてかなり面白かった。

群像劇を読みたい方におすすめの一冊。

 

 

ネタバレありの感想

何度目の再読になるのか分からないぐらい再読した本だけれど、

やはり何度読んでも面白いものは面白い。

とにかく三人の主人公たちの置かれた状況を細かく描いているのと、

その三人が追い詰められていく過程をしっかり描いてるので、

感情移入もしやすいし、読みやすいものになっている。

もっとも感情移入しすぎて読むのがつらくなる面もあるけれど。

 

本作に関しては接点の無かった三人の主人公が野村和也の銀行強盗をきっかけに

出会い行動を共にするところがクライマックスになるけれど、

展開としてはかなり滅茶苦茶ではある。

しかし三人とも自分の能力では処理できない問題を突きつけられて、

追い詰められた状態なので、

自棄になった人間の行動としてはあり得るかもと納得できるものになっている。

おそらくその説得力のためには文庫本で650ページを超える分量が必要なんだろう。

 

あと面白いのが三人とも行き詰って破局するわけだが、

皮肉なことに、その破局の先に予想外の平安があったこと。

なので読後感は内容の割には不思議と爽快感があるものになっている。

 

徹底的なデティールと群像劇としての面白さを兼ね備えているので、

かなり面白いものになっている。

【東野圭吾】『夢幻花』についての解説と感想

本記事では東野圭吾さんの小説『夢幻花』を紹介します。

夢幻花

夢幻花

著者:東野圭吾

出版社:PHP研究所

ページ数:450ページ

読了日:2024年12月9日

満足度:★★★★☆

 

東野圭吾さんの『夢幻花』。

第二十六回柴田錬三郎賞受賞作。

 

あらすじ

秋山梨乃の従兄・鳥居尚人がマンションから飛び降り自殺した。

そして尚人が亡くなってからほどなくして、

一人暮らしをしていた梨乃の祖父・秋山周治が何者かに殺害される事件が発生した。

祖父の家の庭から黄色い花が無くなっていることに気付いた梨乃は、

黄色い花の写真をブログにアップすることにした。

すると、蒲生要介と名乗る人物からメールがあり、

実際に蒲生要介と会うと「あの花には関わらないほうがいい」と梨乃に忠告するのだっ

た。

納得できない梨乃はもう一度蒲生要介に会おうと、名刺に書いてあった住所を訪ねると

そこで、蒲生要介の弟・蒼太と知り合うことになる。

そして梨乃は蒼太とともに、真相解明に乗り出すことになった。

 

主な登場人物

・秋山梨乃:大学生。

      水泳のオリンピック候補選手だったが、今は水泳から離れている。

・蒲生蒼太:大学院生。物理エネルギー工学第二科(かつての原子力工学科)専攻。

・早瀬亮介:西荻窪署の刑事。

 

・秋山周治:事件の被害者。秋山梨乃の祖父。

      六年前までは久遠食品研究開発センターの嘱託として勤務していた。

 

・蒲生真嗣:故人。蒲生蒼太の父親。元警察官。

・蒲生要介:蒲生蒼太の異母兄。警察庁の刑事。

・蒲生志摩子:蒲生蒼太の母親。

 

・鳥井尚人:自宅のマンションから飛び降り自殺した男性。秋山梨乃の父方の従兄。

      『ペンデュラム』のキーボードを担当していた。

・鳥井基樹:鳥井尚人の弟。

・大杉雅哉:『ペンデュラム』のボーカルとギターを担当している。

 

・伊庭孝美:蒲生蒼太の初恋の女性。

・藤村:蒲生蒼太の友達。大学院生。

・日野和郎:久遠食品研究開発センターの分子生物学研究室の副室長。

・工藤アキラ:『KKUDO’s land』の経営者。ミュージシャン。

・早瀬裕太:早瀬亮介の別居中の息子。中学生。

 

ネタバレなしの感想

祖父が殺害され、その祖父の庭にあったはずの黄色い花の鉢植えが

無くなっていたことから、この花が縁で知り合った

秋山梨乃と蒲生蒼太の二人が黄色い花の謎を追うことになる『夢幻花』。

 

ストーリーのメインにあるのは、秋山梨乃の祖父が育てていた黄色い花の謎。

この黄色い花は、江戸時代までは存在していたと言われる黄色いアサガオで、

現在は存在しないとされている。

そこに蒲生蒼太の兄の謎や初恋の人も絡んできてということになっている。

 

もう一人の主人公とも言えるのが西荻窪署の刑事・早瀬亮介で、

被害者の秋山周治に息子が助けられた恩があることから、

事件の真相を追うことになる。

 

本書はもちろんミステリー小説でもあるけれど、

秋山梨乃と蒲生蒼太の二人の若者の成長物語としての側面もかなり強くなっている。

秋山梨乃は水泳で五輪を目指していたが、発作から泳ぐことができなくなり、

水泳から離れている。

また蒲生蒼太は、原子力工学を学んでいたが震災と原発事故の影響もあり、

原子力とは関係ない企業への就職を考えている状況。

二人が黄色い花を追い真相をしることにより、成長する姿が描かれている。

 

肝心の秋山周治殺人事件の真相に関しては拍子抜けしてしまう面は否めない。

というよりも秋山周治殺人事件よりも、

とにかく黄色い花の謎の方にどんどん話が進んでいって、

そこに蒲生家や蒲生蒼太の初恋の人・伊庭孝美も関わってくるので、

こちらの方に興味が惹かれるようにっている。

なので最後に秋山周治殺人事件の真相が語られてもかなり唐突な感があった。

 

東野圭吾さんの作品の中ではあまり知名度が高いとは言えない本書ではあるけれど、

かなり面白いものになっている。

特に二人の若者の成長物語としてはかなりの出来であるし、

黄色い花の謎に関してはかなりスケールが大きくて、

しっかりとミステリー小説になっているので十分楽しめるものになっている。

もし読んでいない方がいたら読むことをおすすめします。

 

 

ネタバレありの感想

まずプロローグ1とプロローグ2の物語の冒頭で、

読者の関心を惹くという東野さんお得意の構成は本書でもうまく機能している。

そして鳥井尚人の自殺、秋山周治の殺人事件から黄色い花の鉢植えの謎と冒頭から

次々と事件が起きる展開はテンポもよくて没入感もあり良かった。

 

問題としては、黄色い花の謎と蒲生蒼太の周辺の謎に向かっていってしまって、

秋山周治の事件がどうしても印象が薄くなるというか、

事件の真相が唐突な感が強かった。

おそらくこのために西荻窪署の刑事・早瀬亮介のパートが必要だったんだろうけれど、

ここだけはいまいちだった。

 

蒲生家と黄色い花に関しては想像以上にスケールの大きい話で、

真相を知った蒲生蒼太が原発と一生付き合っていくという決断をするラストも

含めてかなりかっこよかった。

秋山梨乃が水泳に戻るというのも含めてラストは素晴らしかったし、

読後感も良いものになっている。

 

黄色い花(アサガオ)関係のミステリーと人間ドラマがうまく融合して

非常に面白いものになっていた。

【綾辻行人】『黒猫館の殺人』についての解説と感想

本記事では綾辻行人さんの小説『黒猫館の殺人』を紹介します。

館シリーズ』の第六弾です。

黒猫館の殺人

黒猫館の殺人〈新装改訂版〉

著者:綾辻行人

出版社:講談社

ページ数:464ページ

読了日:2024年12月6日

満足度:★★★☆☆

 

綾辻行人さんの『黒猫館の殺人』。

館シリーズ』の第六作目になる。

 

あらすじ

一九九〇年六月、稀譚社の編集者である江南孝明のもとに、

鮎田冬馬という人物から手紙が届く。

内容は「鹿谷門実先生とお会いし、お話をお聞きしたい」というものだった。

鮎田は二月に滞在していたホテルで大火災に会い、

その影響で記憶喪失になってしまったという。

分かることと言えば、

鮎田という名前が鮎田自身が書いたと思われる手記に書かれていたということ。

そして鮎田は去年の九月まで中村青司が建てた「黒猫館」という家の

管理人をしていたということだった。

江南は友人で推理作家の鹿谷門実に連絡を取り、

手掛かりとなる手記を読むことになったが、

そこには「黒猫館」で鮎田が遭遇した殺人事件が綴られていた。

 

主な登場人物

・鮎田冬馬:「黒猫館」の管理人。(60)

・風間裕己:「黒猫館」の現在の持ち主の息子。M**大学の学生。

      ロックバンド〈セイレーン〉のギタリスト。(22)

・氷川隼人:その従兄。T**大学の大学院生。〈セイレーン〉のピアニスト。(23)

・木之内晋:裕己の友人。〈セイレーン〉のドラマー。(22)

・麻生謙二朗:同。〈セイレーン〉のベーシスト。(21)

・椿本レナ:旅行者。(25)

[( )内の数字は、一九八九年八月時点の満年齢。]

 

・天羽辰也:「黒猫館」の元の持ち主。元H**大学助教授。生死不明。

・  理沙子:その娘。生死不明。

・神代舜之介:天羽の友人。元H**大学教授。(70)

・橘てる子:天羽の元同僚。H**大学教授。(63)

・江南孝明:稀譚社の編集者。(25)

・鹿谷門実:推理作家。(41)

[( )内の数字は、一九九〇年六月時点の満年齢。]

(4~5Pから引用)

 

ネタバレなしの感想

館シリーズの六作目は、風見鶏の「鶏」の代わりに「猫」が

取り付けられていることから「黒猫館」と呼ばれている館を舞台にしている。

この「黒猫館」の管理人・鮎田冬馬による人里離れた洋館で起きた奇妙な事件が

描かれている「手記」パートと、

鹿谷門実と江南孝明が「黒猫館」を探すパートが交互に進行して

いく構成になっている。

 

物語の本筋としては、鮎田冬馬が書いた手記を手がかりにして、

鮎田冬馬の記憶を取り戻すものになっている。

作中で語られている殺人事件に関しては一応謎解き要素もあるけれど、

かなり地味なものになっている。

また伏線の張り方などは分かりやすくフェアな部分も多く、

ある程度ミステリーを読みなれた方なら分かる部分も多いはず。

しかし本書はそれだけではなく、

最後に明かされる真相を読めば驚くこと必至の真実を目の当たりにするはず。

 

十角館の殺人』のようなインパクトはないけれど、

綺麗にまとまった作品でミステリー小説としての出来はかなりのもの。

問題はシリーズものだから本作から読むのはおすすめしにくいこと。

実際前作『時計館の殺人』のネタバレ要素があるので、読む際は注意が必要。

 

 

ネタバレありの感想

まず鮎田冬馬が天羽辰也であることはある程度想像しやすい。

そして手記の中に「全内蔵逆位症」であることが伏線として

散りばめられていることが非常に巧い。

私は胃の話では全く気付かなかったけれど、

胸を左手で押さえたの記述で流石に違和感を覚えた。

 

本作の最大の驚くべき真相は、

天羽辰也が中村青司に依頼した館が「黒猫館」と「白兎館」の二つあったというもの。

北海道の阿寒湖にあるのは「白兎館」で、

オーストラリアのタスマニア島にあるのが「黒猫館」になっている。

これも手記に伏線がこれでもかと散りばめられているが、

私には全く分からなかった。

「ダイヤルの0に指を掛けようとしていた」(168P)や

「まず彼女の本籍地、生年月日、そして身長。」(186P)などは、

確かに館が日本ではないこと、海外であることを示唆している。

 

椿本レナと麻生謙二郎の死の真相については鮎田冬馬の最後の手記によるもので、

椿本レナは絞殺ではなく、心臓麻痺か何か。

麻生謙二郎の死についてに密室トリックの真相は氷を使ったというもの。

しかし家の外に積もっていた雪をアイスボックスに入れたという手法は、

そもそも「黒猫館」の場所が叙述トリックによって八月の北海道だと

読者には思い込まされているので、

まず叙述トリックそのものを解き明かす必要がある。

なので密室トリックそのものがありきたりであったとしても、

叙述トリックと合わせると非常に巧いものになっている。

 

最後の鹿谷門実による解決篇は読んでいて圧巻の一言。

それもしっかりと伏線が張られているからこそで、

伏線回収の見事さでもかなりのものになっている。

 

あとは何といってもタイトルにある「黒猫館」自体は手記にしか登場せず、

中村青司と因縁のある鹿谷門実と江南孝明は「黒猫館」を

訪れることができなかったというオチになっているのも良かった。

2024年面白かった小説ベスト10

こんにちは。

本記事では2024年(12月2日までに)に読んだ小説の中から、

面白かった小説ベスト10を発表します。

過去に発売された本や一度読んだこともある本も含めて、

私が2024年に読んだ小説の中からベスト10を選んでみました。

ただ今年初めて読んだ本をできるだけ上位に、既読再読を下位にはしています。

1位『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』増田俊也

『七帝柔道記』の待望の続編の『七帝柔道記Ⅱ 立てる我が部ぞ力あり』。

作者の増田俊也さんの自伝的小説で北海道大学柔道部が舞台になっている。

今作では北海道大学三年目、四年目の柔道部上級生時代が描かれていて、

特に四年目の七帝柔道は感涙必至。

柔道に詳しくなくても、青春小説を読みたい方にはおすすめの一冊。

もっとも、もし読む場合は一作目から読むことをおすすめする。

 

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2位『琥珀の夏』辻村深月

辻村深月さんの『琥珀の夏』。

「ミライの学校」というカルト的団体を舞台に、

関わった人間たちの成長と失敗が描かれている。

一応ミステリー要素いうか物語のフックとして、

冒頭で見つかった白骨死体は誰のか?というものがあるけれど、

何よりも素晴らしいのは登場人物たちの繊細な心理描写が特に素晴らしかった。

 

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3位『冬期限定ボンボンショコラ事件』米澤穂信

四季四部作のラストを飾る米澤穂信さんの『冬期限定ボンボンショコラ事件』。

今作では小鳩常悟朗が轢き逃げ事件に遭い、病院に入院してしまう。

そしてこの轢き逃げ事件の犯人を小鳩に助けられた小佐内ゆきが捜すことになる。

しかし小説で主に描かれているのは三年前に同じ堤防道路で

轢き逃げ事件にあった日坂祥太郎の話。

三年前ということで小鳩と小佐内の中学時代の活躍が描かれている。

推理小説としてはロジカルさは相変わらずで、

中学時代の小鳩と小佐内の活き活きとした一面を楽しむことができる。

 

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4位『ちぎれた鎖と光の切れ端』荒木あかね

本書は二部構成で、

第一部の物語の舞台は島原湾の孤島で、クローズドサークル

島に渡った八人のうちの一人である樋藤清嗣は、全員を毒殺するつもりだったが、

何者かが樋藤に先駆けて殺人を犯していく。

その樋藤が探偵役として真犯人を探し出そうとするのが第一部で、

第二部は当然ながら第一部と関係性があるけれど、

これは読んでのお楽しみということで、

この構成の巧さも含めてかなり面白かった。

 

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5位『体育館の殺人』青崎有吾

青崎有吾さんのデビュー作であり、裏染天馬シリーズの第一弾。

基本的には完全に推理に特化した小説で、

小説を読んで文章からロジカルに事件を推理したい方向けの一冊。

最後の推理パートの前に「読者への挑戦」があるのも、

テンションが上がる要素としてかなり良かった。

 

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6位『ラッシュライフ伊坂幸太郎

小説の群像劇で検索すると結構おすすめされることが多いのが

伊坂幸太郎さんの『ラッシュライフ』。

五人の登場人物たちの群像劇で、不思議な登場人物たち、ウィットに富んだ会話、

先の読めない展開になっている。

伊坂さんらしい仕掛けもあっておすすめの一冊。

 

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7位『奪取』真保裕一

真保裕一さんの『奪取』。

こちらは1996年に発売された本なので、かなり古いけれどそれでも面白かった。

偽札作りが本作のテーマで、

特に第一部の偽札作りのアイデアはかなり面白いものになっている。

コンゲームの要素もあって、上下巻とボリュームはたっぷりだが、

テンポよく物語は進むので非常に読みやすいものになっている。

 

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8位『天空の蜂』東野圭吾

高速増殖炉に巨大ヘリを墜落させられたくなければ国内にある原発を全て止めよという

要求が出され、巨大ヘリの設計者や警察、自衛隊員の活躍を描いた

東野圭吾さんの『天空の蜂』。

原発を扱っていることから社会派的な要素もありつつ、

アクションやミステリー要素もあり、

しかもスケールが大きい小説は東野さんの中でも珍しい部類になっている。

こちらもかなり古い本だけれど、今読んでも十分楽しめるはず。

 

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9位『火車宮部みゆき

宮部みゆきさんの代表作の『火車』。

休職中の刑事・本間俊介が、突如失踪した人物の行方を捜すことになったが、

その人物は実は別人が入れ替わってっていたというもので、

彼女たちの人生を本間たちが追跡することになる。

カードローンや自己破産などの社会派的要素もありつつ、

徹底的に「人」を描いたミステリー小説で、

まだ読んだことがない方には是非読んで欲しい一冊。

 

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10位『64(ロクヨン)』横山秀夫

警察の管理部門の人間が主人公で、広報室と記者クラブの対立が描かれている。

しかしそれだけではなく、ロクヨンと言われている昭和64年に起きた

未解決の幼女誘拐殺人事件が大きく関わってくる。

管理部門の主人公なのでどうしても地味な小説になってしまうところを、

未解決の幼女誘拐殺人事件が関わってくることによって

人間ドラマと謎が融合した最高傑作の警察小説になっている。

 

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【東川篤哉】『謎解きはディナーのあとで』についての解説と感想

本記事では東川篤哉さんの小説『謎解きはディナーのあとで』を紹介します。

謎解きはディナーのあとで」シリーズの一作目。

謎解きはディナーのあとで

謎解きはディナーのあとで

著者:東川篤哉

出版社:小学館

ページ数:352ページ

読了日:2024年12月2日

満足度:★★★☆☆

 

東川篤哉さんの『謎解きはディナーのあとで』。

謎解きはディナーのあとで」シリーズの第一弾。

文庫版にはショートショート『宝生家の異常な愛情』が収録されている。

2011年本屋大賞受賞作品。

 

主な登場人物

・宝生麗子:国立署の刑事。『宝生グループ』の総帥・宝生清太郎のひとり娘。

・影山:宝生家の執事兼運転手。三十代半ば。

・風祭:国立署の刑事。警部。愛車はシルバーメタリック塗装のジャガー

    父親は中堅自動車メーカー『風祭モータース』の社長。三十二歳。

 

第一話 殺人現場では靴をお脱ぎください

あらすじ

アパートの一室で住人の吉本瞳の絞殺死体が発見された。

部屋は散らかり、洗濯物は干されたままになっていた。

死体は玄関の近くにうつぶせの状態で、

外出用の服装とブーツを履いたまま倒れていた。

吉本瞳の元交際相手の田代裕也に接触し、

田代の部屋に新しい恋人のものと思われる白い靴を発見する。

 

ネタバレありの感想

室内でブーツを履いたまま殺された事件の謎。

靴を脱がずに四つん這いの姿勢で部屋を進んだところを殺されたというのが

事件の真相。

そして犯人は田代裕也の新しい恋人。

事件の真相からして、お嬢様の宝生麗子には推理するのが難しいというのも含めて、

一話目に相応しかった。

 

第二話 殺しのワインはいかがでしょう

あらすじ

動物病院の院長の若林辰夫が青酸カリ入りのワインを

飲んで自殺したと推定される事件が発生した。

しかし家政婦の藤代雅美の証言から、雅美の名を騙って毒入りワインを

辰夫に差し入れて殺したという見解が浮上するが、

ボトルやグラスなどから青酸カリは検出されなかった。

 

ネタバレありの感想

どうやって青酸カリ入りのワインを飲ませたかという謎。

金属キャップには穴が開いており、

伸縮性のあるコルクなら注射針を通すことも可能というもの。

雄太の証言からジッポーのオイルライターを持っている修二が犯人と

分かるというもの。

一応犯人を当てることはできたけれど、

青酸カリ入りのワインを飲ませた方法は分からなかった。

 

第三話 綺麗な薔薇には殺意がございます

あらすじ

老舗『藤倉ホテル』の創業家・藤倉幸三郎の豪邸の薔薇園で、

居候の高原恭子の死体が発見された。

犯人は恭子を屋敷の別の場所で殺害した後に、薔薇園に遺体を運んだようだったが

その理由は分からなかった。

しかも恭子の住んでいた離れは明らかな乱れが見て取れ、

さらには車椅子で死体を運ぶ犯人の人影を見たという目撃証言まで出てくるのだった。

 

ネタバレありの感想

なぜ薔薇園に被害者の遺体を運んだのかという謎。

犯人は猫に引っかかれてしまっためというもので、

藤倉幸三郎は普段から薔薇の栽培が趣味なので傷があったところで目立たないので

除外される。

物置にあったベビーカーを利用して遺体を運んだということで、

十二年ぶりに訪れた寺岡裕二ではなく、

ベビーカーがあったことを知っている藤倉雅彦が犯人。

これはミステリーとしてはかなり分かりやすかった。

 

第四話 花嫁は密室の中でございます

あらすじ

大学の後輩・沢村有里の結婚式に招待された宝生麗子。

披露宴が始まってから有里が姿を消したために、麗子が有里の部屋に向かったところ、

有里の悲鳴が聞こえたので駆けつけると有里が背中を刺され重傷を負っていた。

犯人は有里が悲鳴を上げてから、

沢村家の関係者が有里の部屋に集まるまでの短時間のうちに姿を消してしまっていた。

 

ネタバレありの感想

タイトル通り密室もの。

犯人は西園寺琴江で、宝生麗子が部屋を開けた時に西園寺琴江も

部屋にいたというもの。

私は沢村美幸の「琴江おばさんになにかあったの?」(183P)に

違和感を覚えたけれど、真相を当てることはできなかった。

執事の吉田の「お嬢様」呼びに仕掛けがあるという巧さが際立つ短編。

 

第五話 二股にはお気をつけください

あらすじ

野崎伸一という男性がマンションの自室で殺害され、

全裸の状態で発見される事件が発生した。

隣の部屋の住人の証言から野崎が自分より十cm背の低い女性と一緒だったことが判明

する。

宝生麗子たちは四人の女性に目星をつけるが、

彼女たちは隣人の証言する女性の特徴には当てはまらず、

最後の一人が条件に当てはまると思われたが、

そこに野崎の部屋から野崎より十cm背の高い女性が出ていくのを見たという

目撃証言が出てくる。

 

ネタバレありの感想

被害者より背の高い女性と低い女性の謎。

事件の真相としてはシークレットシューズを履いてたいうもので、

澤田絵里は野崎伸一と一緒に海に行っているので除外され、

黛香苗が犯人ということになっている。

これは二択の部分も含めてかなり分かりやすかった。

 

第六話 死者からの伝言をどうぞ

あらすじ

金融業を営む児玉絹江が自宅の屋敷で頭を殴られて殺害される事件が発生。

現場には絹江が残したであろうダイイング・メッセージが犯人によって

拭き取られてしまった形跡があった。

また犯人はなぜか庭から二階の部屋に凶器のトロフィーを放り投げていた。

風祭はこれをアリバイ工作と判断するが、関係者には全員アリバイがなかった。

 

ネタバレありの感想

消されたダイイング・メッセージと二階に投げられたトロフィーの謎。

真相としては、犯人は前田俊之でダイイング・メッセージは偽装工作。

トロフィーは三階から投げ込まれたもので、

『投げられない』吾郎を里美が庇ったというもの。

里見がトロフィーを三階から投げたというのは分かったけれど、

吾郎の『投げられない』を誤解していたという理由は分からなかった。

当然真犯人の前田俊之も分からなかった。

ラストを飾るに相応しいアクションシーンで締めくくっている。

 

総評

映像化もされた超有名作品の『謎解きはディナーのあとで』。

作中で扱われている事件はほとんどが殺人事件ではあるが、

基本的にはコメディタッチというかユーモア溢れる感じで読みやすくなっている。

 

私は今回初めて読んだけれど、最初は探偵役がお嬢様の宝生麗子かと思っていたら、

宝生家の執事の影山が安楽椅子探偵であったのが意外だった。

宝生麗子と執事の影山、それに風祭警部が主要な登場人物で、

彼らのキャラクターと掛け合いが人気の一つの要素なのかなと思う。

 

個人的にはミステリー要素の方が予想以上にしっかりしてて驚いた。

作中の伏線から犯人や犯行方法が分かるようになっているので、

かなりフェアだし本格ミステリーとしても十分楽しめるようになっている。

ロジカルな推理パズルを楽しみたい方にもおすすめの一冊。

 

【東野圭吾】『パラレルワールド・ラブストーリー』についての解説と感想

本記事では東野圭吾さんの小説『パラレルワールド・ラブストーリー』を紹介します。

パラレルワールド・ラブストーリー

パラレルワールド・ラブストーリー

著者:東野圭吾

出版社:講談社

ページ数:450ページ

読了日:2024年11月28日

満足度:★★★☆☆

 

東野圭吾さんの『パラレルワールド・ラブストーリー』。

玉森裕太さん主演で映画化されている。

 

あらすじ

敦賀崇史には三輪智彦という中学時代からの親友がおり、

智彦は片足が不自由だったせいか、今までに彼女と呼べる人がいなかったが、

ある日、智彦は崇史に「恋人を紹介したい」と告げる。

崇史は親友のはじめての恋人に喜ぶが、

智彦が連れて来た津野麻由子という女性の顔を見て愕然とする。

麻由子は崇史がかって一目惚れした女性だったからだ。

崇史は強烈な嫉妬に苦しむようになる。

 

ネタバレなしの感想

一目惚れした女性への想いと親友との友情の間で揺れながら翻弄されていく

主人公・敦賀崇史を描いている『パラレルワールド・ラブスートーリー』。

序章と十章で構成されていて、

その一つの章の中で二つの物語が並行して描かれている。

 

序章の山手線と京浜東北線の田端、品川間が同じ方向に、

しかも同じ駅に止まりながら進んでいくというのは物語の導入としては、

出色のものになっていて、かなり印象深いものになっている。

 

殺人事件も起きず、序盤は特に大きなミステリー要素もなく、

タイトル通りの恋愛小説にようになっている。

私は本書を昔読んでいて、ストーリーそのものはある程度覚えていたけれど、

仮に知らなくても敦賀崇史や三輪智彦の仕事からある程度の真相は類推できる。

ただラストに至るまでの過程がしっかりと描かれているので、

最後は結構胸にくるものがあった。

もし読むのであれば、あまり情報を入れずに読むことをお薦めする。

 

 

主な登場人物(ネタバレ要素あり)

敦賀崇史:SCENEでは、総合コンピューターメーカーのバイテック社の

      MAC技科専門学校のリアリティ工学研究室の視聴覚認識システム研究班。

      無印ではリアリティシステム開発部。

・三輪智彦:敦賀崇史の中学時代からの親友。

      SCENEではリアリティ工学研究室の記憶パッケージ班。

      無印ではロサンゼルス本社。

・津野麻由子:SCENEでは三輪智彦の恋人で、記憶パッケージ班。

       無印では敦賀崇史の恋人で、脳機能研究班。

 

・桐山景子:敦賀崇史と同期入社。リアリティシステム開発部。

・小山内:MAC技科専門学校の教官。

・須藤:SCENEでは敦賀崇史の上司。

    無印ではMAC技科専門学校の教官。

・篠崎伍郎:SCENEではリアリティ工学研究室の記憶パッケージ班。

    無印ではMAC技科専門学校を退学していて、行方不明。

・直井雅美:篠崎伍郎の恋人。専門学校生。

・夏江:敦賀崇史とテニスサークルで一緒だった女性。

 

ネタバレありの感想

同じ章の中に何も書かれてない話(以下無印と表記)と、

SCENEと表記された話があるが、

無印は記憶改変後でSCENEは記憶改変前になっている。

なのでストーリーそのものは、タイトルのパラレルワールド・並行世界ではなく、

過去(記憶改変前)と現在(記憶改変後)の話になっていて、時系列が違っている。

 

物語の構成としては過去と現在の二つの世界が進行していくもので、

(物語冒頭の山手線と京浜東北線の話が伏線になっている。)

現在では敦賀崇史が親友・三輪智彦のことを

探していくにつれて過去の記憶が蘇ってきて、

過去では崇史が智彦の彼女である津野麻由子を好きになるという恋愛が描かれている。

 

恋愛小説としては、崇史がそこまで麻由子に惚れて、固執する理由が分からないのと、

麻由子の態度も曖昧な感じで理解も共感もできなかった。

おそらく両者とも物語冒頭の電車で一目惚れしていたんだろうし、

麻由子は智彦との肉体関係がないけれど、

崇史相手には(一応)記憶改変前も改変後も肉体関係があることから、

崇史のことを選んでいるんだろう。

恋愛としては悲惨なのが智彦で恋人であった麻由子を失い、

親友である崇史にも裏切られてしまう。

そして最後には篠崎伍郎を救うのと、崇史と麻由子のためにも、

友彦自身の身体を使って事故の再現実験を行い、

スリープ状態になってしまうというオチ。

 

正直崇史よりも友彦の方が主人公らしさはあって、

友彦を裏切った崇史と麻由子の幸せを願う器の大きさと、

篠崎を救おうとする自己犠牲の精神というものがある。

なので友彦の崇史への手紙は胸に来るものがあった。

 

「LAST SCENE」のラストだけ読むと、崇史は逃げてるようにしか思えないけれど、

記憶改変後は崇史も友彦のことを思い出そうと行動するわけだから、

崇史が語り手であるのは納得はできるし、

無印ラストをラストだと思えば読後感は決して悪くないどころか、

こちらをラストだと思えば読後感は良い。

 

序盤で敦賀崇史が脳の話をする時点でSFものという予想が

できてしまうのがちょっと惜しい。

一方で中盤からはサスペンス的な緊迫感もあって読みごたえはあった。

 

SCENEでは一人称が「俺」で、

無印(記憶改変後)では一人称が「崇史」になっていて、

無印(記憶改変後)では津野麻由子たちに観察されているのが示唆されている。