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【杉井光】『世界でいちばん透きとおった物語』についての解説と感想

本記事では杉井光さんの小説『世界でいちばん透きとおった物語』を紹介します。

世界でいちばん透きとおった物語

世界でいちばん透きとおった物語

著者:杉井光

出版社:新潮社

ページ数:240ページ

読了日:2024年5月22日

満足度:★★★☆☆

 

杉井光さんの『世界でいちばん透きとおった物語』

このミステリーがすごい!2024年版」8位。

 

あらすじ

フリー校正者の母・藤坂恵美を交通事故で失った藤坂燈真は、

その二年後に実父の死去を知る。

実父の宮内彰吾は大御所ミステリー作家で、妻帯者ながら多くの女性と交際し、

そのうちの一人と子供まで作っていて、その子供が燈真である。

ある日、正妻の子供である松方朋晃から、

宮内が死の間際まで書いていた原稿の行方を尋ねられた。

『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルで、

既に六百枚くらいの分量があるらしい。

燈真は一度も会ったことのない実父に何ら関心も持たなかったが、

母親の仕事相手だった編集者・深町霧子と共に遺稿探しを始めることになった。

 

登場人物

・藤坂燈真:書店のアルバイト。

・藤坂恵美:故人。藤坂燈真の母親。フリーランスの校正者。

・深町霧子:S社の編集者。

・宮内彰吾:故人。藤坂燈真の実父。ベストセラー推理作家。本名は松方朋泰。

・松方朋晃:宮内彰吾の息子。藤坂燈真の異母兄。

・藍子:宮内彰吾の愛人。新宿のキャバクラ嬢

・七尾坂瑞希:宮内彰吾の愛人。作家。七尾坂瑞希ペンネーム。

・郁嶋琴美:宮内彰吾の愛人。女優。

・高梨:S社の編集者。宮内彰吾の担当。

・東堂:K社の文芸第一の編集者。宮内彰吾の担当。

・粕壁:推理小説教会の事務員。

・三沢蓮司:ライター。推理小説教会の事務を手伝っている。

・高槻千景:聖アンジェラ療養院勤務。宮内彰吾の担当ケアラー。

 

ネタバレなしの感想

ひょんなことから、

一度も会ったことがない父親の遺稿を探すことになった藤坂燈真。

知り合いの編集者・深町霧子と共に、父親の知り合いたちに出会っていくうちに、

遺稿探しと同時に父親の人物像を知っていくことになる。

やがて父親の遺稿を狙う別の何者かの妨害もありながら、ついに燈真は

『世界でいちばん透きとおった物語』に隠された衝撃の真実にたどり着くことになる

というストーリーになっている。

 

出会ったこともない父親の遺稿探しという物語としては非常に分かりやすい導入から、

主人公・藤坂燈真の自分探しもテーマになっていて、

それと一体化した仕掛けになっているラストは必見。

途中の妨害など物語的にも飽きさせない作りになっているのも良い。

話そのものに関してはかなりストレートな作りで、

ある程度想像しやすいものになっている。

殺人事件は起きないミステリーで、

文庫で240ページと最近の本では短いのも個人的には悪くはなく、

綺麗にまとまっていて、スムーズに読み進めることができた。

伏線や仕掛けの巧さなどが際立つ一冊になっている。

 

 

ネタバレありの感想

まずストーリーそのものに関しては、

遺稿が主人公・藤坂燈真向けに書かれたというのは早い段階で分かった。

また宮内彰吾が殺そうしてたのも、「腹にえものを突き入れて~」(82P)から

堕胎というのも想像できた。

宮内彰吾が書こうとしていたものが、

燈真の目に関係していることまでは分かったけれど、

紙の本だと透けてしまうというのを考えていたというのは分からなかった。

(よく考えると『世界でいちばん透きとおった物語』というタイトルから

一番分かりやすいはずなのに。)

 

宮内が考えていたのは、燈真のための一冊で、燈真の目を考えて、

全ての見開きの文章レイアウトを全く同じ左右対称形にするというもの。

文字の裏には必ず文字が、空白の裏には必ず空白があることで、

透けて見えなくなるようにするというもの。

 

ということで、ラストの探偵役の深町霧子の推理パートを読んだ時は結構驚いた。

(そもそも編集者の深町霧子が探偵役というのも、

冒頭で示唆されているのも面白い。)

本書の文字が透けていないことには全く気付いていなかったので、

読み返して感心してしまった。

また『魔法使いタタ』が松方朋泰のアナグラムになっているのも分からなかったので、

伏線の巧さに驚いた。

それまでは文字が透けてないことから、

最後の「 」は透けて「ありがとう」が見えたところでは、

仕掛けの巧さに膝を打った。

 

不満点としては、宮内彰吾が燈真のことをそこまで思っているのなら、

会いに行くになり、他に何かするべきことはあったんじゃないかとか、

燈真も遺稿探しをする動機が弱いかな。

松方朋晃も初登場時は明らかに問題があるタイプなので、

付き合いたいとは思えないので、この点でも遺稿探しをする動機が弱い。

 

終盤の密室トリックもとってつけた感は否めなかった。

松方朋晃が母親を咄嗟に庇う理由もよくわからないし、

母親(宮内の元妻)も遺稿にそこまで拘る理由も分からない。

(そもそも宮内の元妻は遺稿が燈真に向けて書かれたことを知っていたっけ?)

 

主人公の燈真も霧子も人間的な魅力はあまり感じないし、

ストーリー的にも再読するようなものではないけれど、

一発の仕掛けという意味ではかなり印象には残った。

 

私は本書を読む前にamazonを見なかったので良かったけれど、

電子書籍化絶対不可能」ってのは結構なネタバレじゃないかな。

これが売り文句になるというのは、分かるけれど。

 

巻末の献辞に記された「A先生」は逢坂妻夫さんで、

『しあわせの書ー迷探偵ヨギガンジーの心霊術』。