本記事では辻村深月さんの小説『傲慢と善良』を紹介します。
傲慢と善良
著者:辻村深月
出版社:朝日新聞出版社
ページ数:504ページ
読了日:2025年6月12日
満足度:★☆☆☆☆
辻村深月さんの『傲慢と善良』。
藤ヶ谷太輔さんと奈緒さん主演で映画化されている。
あらすじ
西澤架の婚約者である坂庭真実が、
結婚を機に勤めていた会社を辞めた翌日に突然姿を消した。
二人は婚活アプリで出会い、交際を開始したものの、
西澤架は結婚を二年以上先延ばししていた。
ある時に坂庭真実からストーカーに自室に侵入されたと告げられた西澤架は、
このストーカー騒動をきっかけに坂庭真実と結婚することを決めた。
西澤架は失踪の理由を探るべく、坂庭真実の地元である群馬県前橋に向かうが。
主な登場人物
・西澤架:イギリスの地ビールを専門に取り扱う代理店の経営者。三十九歳。
・坂庭真実:西澤架の婚約者。失踪前日までは英会話教室の事務をしていた。
三十五歳。
・坂庭正治:坂庭真実の父親。地元の私立大学で嘱託扱いの事務の仕事をしている。
・坂庭陽子:坂庭真実の母親。専業主婦。
・岩間希実:坂庭真実の姉。証券会社勤務。「桐歌」という三歳の娘がいる。
・大原:西澤架の大学時代からの友人。電子機器の卸の会社を経営している。
・美奈子:西澤架の学生時代からの友達。大手の広告代理店に勤めている。既婚。
・梓:美奈子の親友。
・三井亜優子:西澤架が坂庭真実の前に付き合っていた女性。既婚。
・小野里:結婚相談所『縁結び 小野里』の経営者。
・金居智之:坂庭真実のお見合い相手。電子機器メーカーのエンジニア。現在は既婚。
・花垣学:坂庭真実のお見合い相手。花垣歯科医院の歯科助手。
・有坂恵:群馬県庁の臨時職員。
坂庭真実と中学時代の同級生で、同じ県庁で働いていた。
・谷川ヨシノ:プロセスネットのスタッフ。
・樫崎耕太郎:樫崎写真館で働いている。
・板宮:地図製作会社のベテラン地図調査員。
・高橋:地図製作会社のアルバイト。
・早苗:樫崎写真館の仕事を手伝っている女性。
・力:早苗の息子。
ネタバレなしの感想
本書『傲慢と善良』は、結婚直前に失踪した婚約者・坂庭真美の行方を、
結婚相手の西澤架が坂庭真実の関係者に聞き込みをすることによって、
坂庭真実の「過去」と向き合うというものになっている。
婚約者の突然の失踪ということで、
宮部みゆきさんの『火車』を彷彿とさせるような出だしになっている。
そして本書は恋愛ミステリの傑作と紹介されているので、
私はミステリーを期待して読み進めたが、これが完全に期待外れ。
まず、かなり早い段階で婚約者の失踪は事件性が低いことが分かるので、
ミステリー的な何か事件性があるという意味での楽しみは全くといっていいほどない。
そして恋愛小説としてもかなり特殊で、多少ネタバレになるけれど、
西澤架と坂庭真実が直接やりとりをすることはほとんどないので、
両者の感情や心の機微のようなものは私にはあまり理解も納得でもできなかった。
作中でかなりの割合を占めるのが、タイトルにある『傲慢』と『善良』について。
大雑把にいえば、自分の価値観に重きを置くのが『傲慢』で、
親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、自分が無いのが『善良』。
この二つについて西澤架が他人と出会うごとに
『傲慢』である『善良』であるとか描かれていて、
これが読んでいて非常に陰鬱としてくるものになっている。
個人的には辻村深月さんの描く人間心理、人情の機微などは大好きなんだけれど、
本書に関してはかなりきついものがあった。
延々とこれが続くのと、失礼ながら何か大きな事件があるわけでもないのに、
『傲慢』や『善良』だと断じられたところで、
人には誰しもそんな一面もあるだろうとしか思えなかった。
また本書に関しては物語(ストーリー)というものは皆無に等しく、
ラストに関してもベタというか、かなり陳腐なものに思えた。
個人的にはあまりおすすめできない一冊。
ネタバレありの感想
恋愛話としては、多少の嘘はともかくとして、
ストーカーをでっち上げるというのはやりすぎ。
しかも突然失踪までしているわけで、
それでもなお、結婚しようとする西澤架は全く理解できなかった。
『傲慢』と『善良』はともかくとして、
肝心の西澤架の心情面に関しては、あまりうまく描けているとは思えず、
最後の西澤架の選択が理解できなかった。
坂庭真実にしても、失踪して向かうのが被災地というのは、
ベタというか、あまりにもありきたりな話でちょっと呆れてしまった。
被災地を作品で使うにしても、
もう少ししっかりしたストーリーや動機が必要なんじゃないかと。
洗浄した写真に結婚式の写真があって、
その三波神社で西澤架と坂庭真実が結婚式をするというのも、
石母田に「大恋愛」と言われるのも、もう少し丁寧に描いていれば、
納得できたかもしれないけれど、あまりにも安易な感じがした。
当初は『善良』として描かれていた坂庭真実にも、『傲慢』な部分があるというのは
分かるし、悪くはない。
また恋愛や婚活に限らず、現代社会に置いて、
謙虚さと自己愛の強さが両立して多くの人間にあるというのも分かる。
ただそれを『傲慢』と『善良』で延々と描き続けられても、読む方としては辛かった。
坂庭真実に対して西澤架の友達の美奈子と梓たちが、
ストーカーの話は嘘だと指摘するのも、ちょっと理解できなかった。
三十後半の話にしては、不用意というかただの性格が悪い人間にしか思えない。
ストーカーをでっち上げる方もでっちあげる方なんだけれど。
本書の登場人物たちの心情描写は読んでいてとても面白いとは思えないのと、
ストーリー性もほぼないので、
正直本書がなんで評価が高いのかが本当に分からなかった。