
本記事では今村昌弘さんの小説『明智恭介の奔走』を紹介します。
明智恭介シリーズの一作目である。
明智恭介の奔走
著者:今村昌弘
出版社:東京創元社
ページ数:304ページ
読了日:2024年7月4日
満足度:★★★☆☆
今村昌弘さんの『明智恭介の奔走』。
『屍人荘の殺人』に登場したミステリ愛好会の会長明智恭介の活躍を
描いた五篇収録の短編集になっている。
・最初でも最後でもない事件
あらすじ
神紅大学のサークル棟・「旧ボックス」で窃盗騒ぎが起きて泥棒は捕まったが、
その泥棒が自分の後にもう一人侵入してきて、
そいつと組み合いになって床に叩きつけられたということを警察に話した。
その発言の真偽を確かめるためにコスプレ研究会は明智恭介に協力を頼む。
ネタバレありの感想
葉村譲が入学した直後の四月の出来事で、
捕まった泥棒以外にもう一人の侵入者が本当にいるのか?
いたとしたら何の目的で「旧ボックス」に侵入したのか?というもの。
犯人は宇佐木で盗撮カメラの回収のためというものだが、私は全く分からなかった。
泥棒の革ジャンと手袋を奪い指紋を拭き取った理由などはしっかりとしているが、
不思議とそこまで推理の爽快感は無かった。
P47の葛方の「僕と同学年の文学部にえらい美人がいるって噂は~」とあるが、
このえらい美人は剣崎比留子。
・とある日常の謎について
あらすじ
喫茶店「ポピー」の店主・加藤久夫は立ち飲み屋で、
藤町商店街の塗井がビルを破格の値段で売って老人ホームに入ることを聞いたところ、
隣の若者がその話に興味を持つが。
ネタバレありの感想
六月の話で、物語の語り手は加藤久夫でボロビルを買い取った謎というのは、
中絵図が新婚時代の思い出のためというもの。
もうひとつ謎があって加藤久夫の『五十円玉二十枚の謎』で、
こちらは立ち飲み屋で使うためというもの。
『五十円玉二十枚の謎」は最後にいきなり登場するので唐突な感が強い。
一方で二つの謎とも人情的な良い話なので、話としては良かった。
・泥酔肌着引き裂き事件
あらすじ
二日酔いの明智恭介から電話で、明智のマンションに呼び出された葉村譲は、
明智から明智自身に起きた不可解な謎の話をされる。
その謎とは明智のマンションの部屋が密室で、
さらに明智が穿いていたパンツが引き裂かれた状態で玄関に置かれ、
明智はズボンは穿いていたという謎だった。
二人でこの謎を解き明かそうとするが。
ネタバレありの感想
あまりにも馬鹿馬鹿しい(誉め言葉)で明智と葉村のコンビらしい話になっている。
密室状態は明智が自分自身で締め出されたもので、
そのためドアガードを開ける方法をスマホで調べて実践したというもの。
そこまでしっかりとした行動をとりながら記憶がないのが納得できなかったのと、
スマホの検索履歴見たらすぐ分かるだろうということでミステリーとしてはいまいち。
もっとも明智と葉村の掛け合いの魅力はこの話が一番で、
本書の中では一番面白かった。
・宗教学試験問題漏洩事件
あらすじ
里中教授の猫探しをしていた明智恭介と葉村譲は、
捜索結果を里中教授に報告するため研究棟を訪れた。
結果を報告して帰る時に、
女子が金庫が破られて期末試験が盗まれたと告げてきたため、
二人は盗難問題に関わることに。
ネタバレありの感想
『屍人荘の殺人』の冒頭で語られていた
「宗教学試験問題漏洩事件(仮称)」のことで、七月の話になっている。
謎解きとしては、小説の伏線も発想も含めてかなり分かりやすくて、
この話だけは私にも分かった。
事件の真相としては部屋自体を入れ替えていたというもの。
物語としてはどんでん返しをしたくて、
途中で関係者を集めて解決篇で犯人はネットショップの配達人というのが
あったんだろけれど、これはかなり強引すぎた。
・手紙ばら撒きハイツ事件
あらすじ
「ハイツ徳呂」の住人に不審な手紙が届いているので、
犯人を見つけてほしいという依頼を受けた田沼探偵事務所の所長・田沼は、
神紅大学理学部の一回生・明智恭介と調査をすることになった。
ネタバレありの感想
明智恭介が一回生の時の話で、葉村譲も登場しない、
物語の語り手は田沼探偵事務所の所長・田沼になっている。
山田晴人宛ての手紙の差出人が赤江環で、
その手紙を回収したストーカーが
山田渚が勤めるガス機器専門業者の支店長というのが真相。
これは正直読んでいてすんなりとは理解できなかったし、
理解できても爽快感は特に無かった。
途中に出てくる*の「山田」は山田晴人と思わせて、
実際は姉の渚で叙述トリックになっている。
もしかしたら明智恭介シリーズ化があるのなら、
田沼探偵事務所を舞台にするのかもしれないけど、
葉村譲とのコンビじゃないと魅力はかなり減ってしまいそう。
登場人物
・明智恭介:神紅大学理学部三回生。ミステリ愛好会会長。
田沼探偵事務所でバイトをしている。
「手紙ばら撒きハイツ事件」では大学一回生として登場。
・葉村譲:神紅大学経済学部一回生。ミステリ愛好会会員。
「最初でも最後でもない事件」に登場
・守屋:神紅大学の警備員。
・姫小松:コスプレ研究部の部長。神紅大学芸術学部の学生。
・宇佐木:コスプレ研究部の副部長。神紅大学芸術学部三回生。
・葛形:コスプレ研究部所属。神紅大学芸術学部二回生。
「とある日常の謎について」にも登場。
・渡辺太郎:通称「ぼっちさん」。神紅大学医学科三回生。
・薬師寺:神紅大学医学科三回生。
「とある日常の謎について」に登場
・加藤久夫:喫茶「ポピー」の店長。厨房を担当している。
・加藤智子:加藤久夫の妻。「ポピー」の接客や経営を担当している。
・加藤良平:加藤久夫の息子。中小企業の電機メーカー勤務。
・文田:書道用具店経営者。
・塗井:四丁目商店街のボロビルの持ち主。元漆器店経営者。
・中絵図:以前は夢園ビルでデザイン事務所を経営していた。
「泥酔肌着引き裂き事件」に登場
・只野:神紅大学理学部三回生。
・オコラ:明智恭介の住んでいるマンションの部屋の右隣りの住人。ケニア人。
「宗教学試験問題漏洩事件」に登場
・里中:神紅大学理学部数学科の教授。「ガウス」という猫を飼っている。
・久守みのり:神紅大学理学部二回生。
・寺松颯:神紅大学工学部二回生。口癖は「一切皆苦」。
・柳宗佑:神紅大学宗教学の教授。
・宇田川小鉄:神紅大学の教授。文学を教えている。
「手紙ばら撒きハイツ事件」に登場
・田沼:田沼探偵事務所の所長。
・猪野瀬岳:田沼探偵事務所の所員。左足を怪我している。
・花宮美里:田沼探偵事務所の所員。唯一の女性所員。
・荒北:田沼探偵事務所の所員。
・峯大伍:田沼探偵事務所の所員。元刑事。
・遠藤日葵:「ハイツ徳呂」A101の住人。キャバクラ勤務。
・宮崎芽衣子:「ハイツ徳呂」A202の住人。保育士。42歳。
・山田晴人:「ハイツ徳呂」のA301の住人。
・山田渚:山田晴人の姉。
・木之下英志:「ハイツ徳呂」B201の住人。
・赤江環:「ハイツ徳呂」B302の住人。飲食店勤務。32歳。
・須永友道:「ハイツ徳呂」C202の住人。
総評
本書は『屍人荘の殺人』に登場した明智恭介の活躍を描いているが、
『屍人荘の殺人』シリーズ特有のオカルト要素は一切なく、
純粋なミステリー小説になっている。
神紅大学内や大学外で起きた日常的な小さな謎を明智恭介と葉村譲の
コンビが解き明かすストーリーになっている。
なお「手紙ばら撒きハイツ事件」は明智恭介が大学一回生の時の話のため、
葉村譲は登場していない。
明智恭介という非常にキャラクターが立っている人物が物語の中心にいるため、
ある程度話としての面白さは保証されている。
ミステリー要素に関しては個人的には結構強引だったり、
ミステリー小説としての出来は疑問符が浮かぶものもあったけれど、
『屍人荘の殺人』を読んで明智恭介というキャラクターを
気に入った方はもちろんのこと、『屍人荘の殺人』の読んでいない方でも
本書を読めば明智恭介のキャラクターを気に入る事だろう。
