【東野圭吾】『天空の蜂』についての解説と感想

本記事では東野圭吾さんの小説『天空の蜂』を紹介します。

天空の蜂

天空の蜂

著者:東野圭吾

出版社:講談社

ページ数:634ページ

読了日:2024年7月8日

満足度:★★★★★

 

東野圭吾さんの『天空の蜂』。

江口洋介さん主演で映画化されている。

 

あらすじ

夏のある日、海上自衛隊の掃海ヘリとして導入されたCH-57J

(通称・「ビッグB」)の領収飛行が予定されていた。

ビッグBを開発した綿重工業航空機事業本部の開発者・湯原と山下は、

この領収飛行に家族を連れて立ち会おうとしていた。

しかし親が目を離した隙に、

湯原と山下の息子たちがビッグBが収納されている格納庫に忍び込み、

突然そのビッグBが、山下の息子・恵太を機体に閉じ込めたまm飛び立ってしまった。

無人操縦でビッグBが向かったのは、高速増殖原型炉の新陽だった。

新陽の真上でビッグBがホバリング状態に入ったとき、

『新陽以外の原子力発電所をすべて使用不能にしろ。

さもなくば、ビックBを新陽に墜落させる』という

「天空の蜂」を名乗る犯人からの脅迫文が届いたのだった。

 

主な登場人物

・湯原一彰:錦重工業航空機事業本部技術本部回転翼機研究開発課の社員。

・湯原篤子:湯原一彰の妻。

・湯原高彦:湯原一彰の息子。小学校四年生。

・山下:湯原一彰の同僚。

    錦重工業航空機事業本部技術本部回転翼機研究開発課の社員。

・山下真知子:山下の妻。

・山下恵太:山下の息子。小学校三年生。

 

・三島幸一:錦重工業プラント開発事業本部原子力機器設計課の社員。

      湯原一彰の同期。

・赤嶺淳子:錦重工業航空機事業本部エンジン開発一課の社員。

 

・中塚一美:高速増殖原型炉『新陽』発電所の所長。

・西岡:高速増殖原型炉『新陽』発電所の運転課長。

・小寺:高速増殖原型炉『新陽』発電所の総合技術主任。

・佐久間:福井県消防本部特殊災害課長。

・今枝:福井県警本部の警備部長。

 

・室伏周吉:福井県警捜査一課の刑事。

・関根:室伏周吉の後輩。福井県警捜査一課の刑事。

・水沼:長浜署の刑事。

・高坂:愛知県警捜査一課特捜班の刑事。警部。

 

・八神:航空自衛隊小松基地航空救難隊の隊長。

・植草:航空自衛隊小松基地航空救難隊の隊員。

・上条孝正:航空自衛隊小松基地航空救難隊の隊員。二等空曹。

 

・田辺佳之:故人。原発労働者だったが、白血病によって亡くなっている。

・雑賀勲:以前はアマチ清掃で働いていた。

 

ネタバレなしの感想

本書は原発を扱っているということもあり、

2011年3月11日の東北大震災の後に話題になったけれど、

私が最初に読んだのは2001年ぐらいで、その時からかなりのお気に入りの一冊。

東野圭吾さんといえばミステリーになると思うけれど、

本書はクライシス・サスペンスと謳われているように、サスペンス小説になっている。

原発を扱っていることから社会派的な要素もあれば、

刑事たちが犯人を突き止めるための警察小説的な要素もあり、

さらには緊迫感とエンターテインメント要素もありと多くの要素が詰め込まれている。

 

ビッグBの開発者・湯原一彰、湯原一彰と同期の原子力部門の技術者・三島幸一、

新陽の所長・中塚一美、恵太を救出する自衛隊の上条孝正、

そして犯人を追うベテラン刑事・室伏周吉あたりがメインではあるけれど、

それ以外の人物の視点でも事件が語られることによって重層的に描かれているので、

十時間あまりの間の出来事なのに物凄く濃密に描かれている。

 

原発とヘリコプターのCH-57J(通称・「ビッグB」)に関しては、

専門用語で説明もあり多少難しい面もあるけれど、

必ずしも全てを理解できなくても楽しむことができるようになっている。

原発に対する政治的なスタンスは別にして小説としてはお薦めなので、

是非読んで欲しい一冊になっている。

 

 

ネタバレありの感想

改めて読んで驚くのがビッグBが犯人たちに奪われるところから始まり、

しかもビッグBに恵太が閉じ込められているので、

読者としては物語冒頭から物語にひきこまれてページをめくる手が止まらなくなる。

また多数の視点で描いてることによって、物語が重層的になっているのも特徴的。

特に本書は市井の人々の視点でも事件が語られているので、

事件の大きさや影響の大きさをうかがい知ることができるし、

最後の天空の蜂のメッセージにもより意味を感じることができるようになっている。

また最初から多数の視点で描かれているので、

終盤に三島幸一が雑賀勲(佐竹開発官)との出会いを回想することになるけれど、

ご都合主義には感じなかった。

この時期の東野さんの作品に関しては、

非常によく考えて書かれていることを再認識できた。

 

小説の中盤にビッグBから恵太を救出するのと、

ラストの墜落するビッグBから新陽を守るという二つの盛り上がる場面が

あることによって長編であっても中弛みが

一切しない構成になっているのはやはり凄い。

 

特にビッグBから恵太を救出する場面は、まず植草がスピアガンは成功するも、

ビッグBが突如高度を上げたことにより、植草が落下してしまうし、

次に残された上条がスピアガンを打つも、

スピアガンの先端がホイストの取り付け金具に引っかかてしまうが

恵太が危険を省みずにホイストの金具から外すなど緊迫感があるシーンになっている。

ついでに言っておくと、上条はヘリから降りる時の

「君はこれまでに、どのくらい高いところから飛び降りたことがある?」

中略「ほんの少し記録更新というところだな」(334Pと335P)や

ラストの「世界最大のラジコン遊びだ」(609P)など

ちょっと気障な台詞も様になるキャラクターになっている。

ラストの湯原一彰との「今一番何をやりたいですか?」中略

「エアコンの効いた部屋でビールを飲みたい」「同感」(617P)は

ラストに相応しいものになっている。

 

ベテラン刑事の室伏周吉も、

「自分の立ってる地面がどういう色をしてるかによって、

その人間の色も決められてしまう」(281P)という台詞は

初めて読んだ時からかなり強く印象に残っている。

東野作品で関西弁でベテラン刑事と言えば『白夜行』の笹垣潤三を思い出すけれど、

よく考えると室伏と笹垣ぐらいしかこの条件を満たす刑事はいないのかな。

 

犯人の二人の目的や背景に関して言えば、

断片的なものが多く必ずしも明確ではないけれど、

その断片的なものから読者が想像する余地があるので個人的には十分だった。

ラストの天空の蜂名義の「そして自らの道を選択させるのだ。」(621P)は、

抽象的ではあるけれど、原発に限らず明確なメッセージになっている。

 

ネットや携帯電話が本格的に普及する前ではあるけれど、

ネットや携帯も登場していたりと東野さんが先見の明があることが分かる。

ミステリー要素は特に無いけれど、エンターテインメント小説としても

多くのものが詰まっているのでかなり楽しく読めた。