本記事では太田愛さんの小説『未明の砦』を紹介します。
未明の砦
著者:太田愛
出版社:KADOKAWA
ページ数:616ページ(単行本)
読了日:2024年8月7日
満足度:★★★☆☆
太田愛さんの『未明の砦』。
第26回大藪春彦賞受賞作品。
あらすじ
大手自動車メーカー「ユシマ」の若き非正規工員である矢上達也は、
正社員で班長である玄羽昭一から、
夏季休暇のあいだ千葉県の笛ヶ浜に遊びに来ないかと誘われて、笛ヶ浜を訪れる。
すると同じ非正規工員の脇隼人と秋山宏典と泉原順平も玄羽から誘われていて、
「夏の家」で過ごすことになった。
「夏の家」で過ごした夏期休暇こそが、すべての発端だった。
登場人物
・矢上達也:ユシマ生方第三工場の派遣工。
・脇隼人:同・期間工。
・秋山宏典:同・派遣工。
・泉原順平:同・期間工。
・玄羽昭一:同・班長。
・五十畑弘:同・工場長。
・来栖洋介:同・期間工。
・柚島庸蔵:株式会社ユシマの社長。
・板垣直之:同・副社長。
・山崎武治:ユシマ本社・派遣警備員。
・仙波南美:ユシマ本社・派遣清掃員。
・荻原琢磨:警察庁警備局警備企画課の課長。
・葉山幸雄:同・課長補佐。
・田所正隆:警察庁警備局長。
・瀬野徹:警視庁組織犯罪対策部の課長。
・薮下哲夫:南多摩署組織犯罪対策課の刑事。
・小坂剛:南多摩署組織犯罪対策課の刑事。
・日夏康章:灰田聡の友人。
・灰田聡:日夏康章の友人。
・國木田莞慈:はるかぜユニオンの相談員。
・岸本亜彰子:同・専従。
・中津川清彦:与党幹事長。
・財津昌則:「週刊真実」の編集長。
・溝渕久志:同・記者。
・玉井登:同・カメラマン。
・祟像朱鷺子:玄羽昭一の義従姉。
(4Pからの引用)
ネタバレなしの感想
本書の紹介に社会派青春群像劇とあるように、
非正規労働者である主人公たちの身近な労働問題を通して
現在の社会問題を描くというもので、
かなりメッセージ性のある社会派小説になっている。
「このミステリーがすごい!」にランキングされていたり、
紹介に「共謀罪による初めての容疑者が逮捕されようとしていた。」
とあるので、クライムノベルやミステリー小説を
想像している方もいるかもしれないけれど、この要素はほとんどないので注意が必要。
今の日本の社会問題をかなり正面から描いていて、
そのメッセージ性は抜群だし共感できる部分は多いけれど、
個人的には小説としては評価しづらい。
小説から社会問題を知って、興味や関心を持つという流れであれば良いけれど、
既にこの手の問題を知っている場合は、どうしても新鮮味に欠けてしまう。
またそれを上回るほどのエンタメ性があるか?と問われれば、私には無かった。
終盤の展開は素晴らしいけれど、単行本で600ページを超えることを考えると、
気軽にはおすすめはしにくい。
ネタバレありの感想
物語冒頭の矢上達也たちが警察から逃亡するシーンがあって、
第二章「発端の夏」で玄羽昭一が矢上達也たちを笛ヶ浜に誘った時に、
スマートフォンを持たずに来るように言われたので、
何かを企ていると思わせておいて、特に何も無かったのは拍子抜けした。
〈Are you ready to kill?〉「殺す覚悟はできているか?」(259P)もそうだけれど、
この手のミスリードは個人的にはあまり感心しない。
玄羽がユシマ側から睨まれていて接触に敏感なのか?と思ったけれど、
「玄羽と口をきいてはいけないという規則があるわけでなし、
誰と話そうが勝手だと矢上たちは気にも留めなかった」(291P)や
矢上たちは玄羽のスマホの番号を知っていてメッセージを残している(295P)ので
特に警戒している様子は見当たらない。
矢上たちが利用した祟像朱鷺子の文庫(図書館)も
パソコンで蔵書が検索できたり、
2021年の新しいデータが載っている書籍があったりと都合が良すぎる。
また矢上たちを馬鹿にするわけではないけれど、
四人ともがいきなり労働問題に興味を持って、
本を読みだすというのもあまりリアリティを感じなかった。
時系列的に玄羽が死んだ後に労働問題に興味を持ってという流れなら、
理解できる部分はあるけれど。
ラストで矢上たちが工場に行って工員たちに訴えかけるのは悪くはない、
悪くはないだけに、共謀罪の話は個人的には不必要に感じた。
ビラ配布で警察に説諭されるであるとか、
工場が地元の警察と繋がりがあるなどは十分リアリティがあるだけに勿体ない。
大企業と国家(警察)が密接な関係にあるのは分かるし、
それも描きたかったのかもしれないけれど、
作中の矢上たちの団体の規模や存在で警察が共謀罪まで持ち出すか?と考えると、
あまりにもリアリティがなさすぎる。
太田愛さんの本は初めて読んだけれど、
仙場南美と山崎武治のような脇役の使い方や終盤の展開に関しては素晴らしいし、
矢上たちと同じ非正規でありながら裏切る来栖洋介、
非正規を見下す正社員(本工)たちなどはかなりリアリティがあった。
それだけにストレートに若者たちが労働問題を通して社会を変えようとする話の方が
良かったかな。