【横山秀夫】『64(ロクヨン)』についての解説と感想

本記事では横山秀夫さんの小説『64(ロクヨン)』を紹介します。

本作はD県警シリーズの第四作目になります。

64(ロクヨン)

64(ロクヨン)

著者:横山秀夫

出版社:文藝春秋

ページ数:上巻:355ページ

     下巻:429ページ

読了日:上巻:2024年10月8日

    下巻:2024年10月11日

満足度:★★★★★

 

横山秀夫さんの『64(ロクヨン)』。

「ミステリが読みたい!2014年版」2位、

「このミステリーがすごい!2013年版」1位

「2012「週刊文春」ミステリーベスト10」1位。

ピエール瀧さん主演でNHKでドラマ化、佐藤浩市さん主演で映画化されている。

 

あらすじ

三上義信はD県警本部の捜査二課の次席だったが、

警務部の広報官への異動を命じられる。

当初は広報室の改革を目指していたが、

一人娘・あゆみの家出による家庭崩壊の危機と

あゆみの捜索を全国の警察に口利きしてくれた赤間警務部長への負い目により

変節してしまう。

そんな中匿名報道を巡って記者クラブと揉める中、

昭和六十四年に起きたD県警史上最悪の翔子ちゃん誘拐殺人事件への

警察庁長官の視察が決定する。

被害者遺族からは視察を拒否され、

長官の視察を巡り警務部と刑事部が激しく対立し、D県警を大きく揺るがしていく。

 

主な登場人物

三上義信:D県警察本部警務部秘書課調査官「広報官」。警視。四十六歳。

三上美那子:三上義信の妻。元D県警の婦警。

三上あゆみ:三上義信の娘。

 

D県警関係者

・諏訪:警務部秘書課係長。警部補。

・蔵前:警務部秘書課主任。

・美雲:警務部秘書課。

・石井:警務部秘書課長。

・赤間:警務部長。

・荒木田:刑事部長。

・辻内欣司:本部長。四十四歳。

・松岡勝俊:参事官兼捜査一課長。

・落合::捜査二課長。

・二渡真治:警務課調査官。警視。

      三上信義の同期。三上とは高校の同級生で同じ剣道部員だった。

 

・秋川:東洋新聞のキャップ。

・山科:全県タイムスの暫定キャップ。

 

・望月:三上義信の同期。三年前に父親が倒れ、園芸農家を継いでいる。

・漆原:Q署の署長。ロクヨンでは自宅班のキャップ。

・柿沼:ロクヨンの専従班。ロクヨンでは自宅班のサブ。

・幸田一樹:元D県警の刑事。

      ロクヨンでは自宅班だったが、事件発生から半年後に辞職している。

・日吉浩一郎:元科捜研。ロクヨンでは自宅班だった。

・村串みずき:三上美那子の一期上の婦警だった。旧姓は鈴本。

・尾坂部道夫:元D県警本部刑事部長。

 

・雨宮翔子:故人。十四年前の「翔子ちゃん誘拐殺人事件」の被害者。

      事件当時七歳の小学一年生。

・雨宮芳男:雨宮翔子の父親。「雨宮漬物」の経営は従兄弟に任せている。五十四歳。

・目崎正人:スポーツ用品店経営者。

 

ネタバレなしの感想

タイトルのロクヨンとは、

十四年前の七日間で終わった昭和六十四年にD県警の管内で起きた

「翔子ちゃん誘拐殺人事件」を指す符丁。

本作『64(ロクヨン)』は、身代金二千万円を奪われ、

攫われた七歳の少女は無残な死体で発見された事件は未解決のまま、

時効まで一年になっていた。

警察庁長官が突如としてこのロクヨンの視察をすることが決まり、

その視察の裏にはある意図が隠されていたことから、

警務部と刑事部が激しく対立し、

元刑事部で現在は警務部の広報官・三上義信を通して相克と苦悩が描かれている。

 

横山秀夫さんの刑事小説と言えば同じD県警シリーズの『陰の季節』のような

警察の管理部門の人間を主人公にしたものがあるが、

本作『64(ロクヨン)』も管理部門の広報官が主人公になっている。

しかし本作は警察内部の話だけではなく、

広報室と記者クラブ、さらには十四年前の未解決事件も関わってくる。

警察内部だけの話だとどうしても地味な感が拭えなかったけれど、

特にロクヨンが関わってくることによって、

人間ドラマと謎が融合した最高傑作の警察小説になっている。

 

以前一度読んだことがあって今回再読になったけれど、

思っていた以上にものすごく面白かった。

例えば以前読んだ時は三上義信の娘・あゆみの身体醜形障害の話は

あまり納得できなかったけれど、

年齢的なものか二回目だからかすんなりと納得できたし、

他の登場人物たちの作中における変化や成長、

そして心情が痛いほど分かって非常に素晴らしかった。

少しネタバレになるけれど、謎や伏線の部分も非常によくできているし、

ロクヨンという大きな事件がクローズアップされることによって、

文庫で上下巻の長編に相応しいものになっている。

 

広報官と記者クラブの対立、三上信義と上司の対立だけでも悪くはないけれど、

やはりロクヨン絡みの話があるからこそダイナミズムが生まれているし、

ミステリー小説・刑事小説としての色彩が強くなっている。

警察小説としても横山秀夫さんの小説としても間違いなくおすすめの一冊。

 

D県警シリーズということで二渡真治や過去作に登場した人物が出てくるけれど、

過去作を読んでいなくてもほとんど支障はなく、

本作を読んでから過去作を読むという順番でも十分楽しめるものになっている。

 

 

ネタバレありの感想

広報室と記者クラブの対立というストーリーに関しては、

本部長に対する抗議を阻止するために三上義信が

梓幹雄を事件ネタで買収しようとするも、一方的に利用されて失敗してしまう。

そこからの美雲の戦略を仕掛けないことが最良の戦略ということに触発されて、

自分たち以外の世界を信じる道ということで原則実名と銘川亮次の話は、

結構胸に来るものがあるし、

正直ここで終わっても小説としてもかなりの出来になっている。

特に広報室の中では存在感が薄かった蔵前の役割が心憎い。

 

ストーリーのメインとも言えるロクヨンに関しては、

今回は再読ということで結末が分かった上で読んだのもあって、

雨宮芳男のロクヨンの犯人捜しの電話に関しては、

最初からしっかり伏線として描かれているし、かなり強調されているのを実感した。

もっとも読者としては、三上あゆみからの電話と思い込まされているのと、

ロクヨンの犯人の声を聞くためというのが初見では中々想像しにくいので、

謎としてはかなり機能している。

 

誘拐事件発生後は、D県警刑事部による警察庁長官の視察中止のために

誘拐自体が狂言じゃないか?、と一度は疑わせたうえで

誘拐事件が十四年前のロクヨンの犯人や真相に関わってくるという展開で、

それまでの伏線を回収して、物語的にも最高潮になっている。

 

雨宮芳男がロクヨンの犯人を突き止めたことや、

松岡勝俊が目崎正人がロクヨンの犯人と疑ったのも、

普通であればご都合主義や陳腐な感じがするけれど、

そう思わせない横山さんの筆力の凄さを感じた。

 

主人公の三上義信や広報室の面々だけではなく、雨宮芳男の娘を想う執念、

雨宮芳男に付き合う幸田一樹、一度のミスに囚われ続ける日吉浩一郎など、

それぞれの人間ドラマが本当に素晴らしいものになっていた。

また記者クラブの面々が東京から来た記者たちの前だと肩身が狭そうだったり、

D県警の対応に「身内」だからこそ悔しさを覚えたりと何気ない感情の表現が巧くて、

それまでは憎らしかった記者たちが身近に感じられるのも良かった。

それでいてラストでは記者たちが変わらずに三上たちに食って掛かっているのも

関係性としても悪くはない。

 

表面的にはあゆみも戻ってきたわけではないし、

ロクヨンの秘密もそのままで解決したわけではないけれど、

問題と正面から向き合った三上たちを見ていると晴れ晴れしい気持ちになれる。

個人的には文句なく面白かった。

 

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