【真保裕一】『奪取』についての解説と感想

本記事では真保裕一さんの小説『奪取』を紹介します。

奪取

奪取

著者:真保裕一

出版社:講談社

ページ数:上巻:496ページ

     下巻:480ページ

読了日:上巻:2024年5月8日

    下巻:2024年5月11日

満足度:★★★★★

 

真保裕一さんの『奪取』。

第10回山本周五郎賞

第50回日本推理作家協会賞長編。

このミステリーがすごい!1997年版」2位。

 

あらすじ

一年前に会社を放り出されてからはバイトの日々の手塚道郎は、

友人の西嶋雅人がヤクザの街金にはめられて作った1260万円の借金の

保証人にされてしまっていた。

道郎と雅人は、一週間でお金を返せなければヤクの運び屋をするように脅される。

知恵と技術を売り物にしている道郎たちは、銀行と知恵比べしようと、

偽札作りを実行しようとする。

パソコンや機械に詳しい道郎たちは、あるアイデアで大金を手に入れようとするが。

 

ネタバレなしの感想

2000年頃に読書に嵌りだした時に読んでいた作家の一人が真保裕一さんで、

その真保さんの作品の中でも特に好きだったのが『奪取』。

上巻496ページ、下巻480ページで三部構成になっている大作で、

今でもかなりの分量だと思うけれど、2000年頃だとより際立っていた印象がある。

 

物語の内容としては偽札作りがテーマになっていて、

コンゲーム的要素もあるクライムノベルになっている。

犯罪小説であっても重苦しさはほとんどなく、

登場人物たちの軽いノリの会話もあり、

笑いありのエンターテインメント性がある小説になっている。

 

主人公の手塚道郎たちには「人を脅したり。物をぶち壊したりの、

粗暴犯のような真似事は絶対にしなかった」(44ページ)とあるように、

一種の哲学があり、彼らが売り物にしているのはあくまで「知恵と技術」であり、

また偽札作りを実行しようとするのも、

それ相応の理由があるので主人公たちに感情移入しやすいはず。

 

1994年から95年に連載されていて、単行本化されたのが1996年なので、

どうしても時代を感じさせる部分が多くなっている。

例えば作中で登場する一万円札は福沢諭吉で、五千円札は新渡戸稲造

千円札は夏目漱石だし、フロッピーディスクだったりと時代を感じさせるけれど、

それでも物語としては今でも十分通用するものになっている。

 

また偽札作りのデティールはかなりのもので、正直技術的な話はかなり難しく、

私は理解できなかった部分もかなりあった。

ただ、そこまで細かく気にしないでも十分楽しめるはず。

 

今回久しぶりに読んだけれど、物語のテンポも良く、

第一部の偽札作りのアイデアもやはり秀逸で、キャラクターも良い意味で軽いノリで、

内容を知っていても楽しめることができた。

もしこれを読んで気になる方がいたら上巻だけでも是非手に取って読んで欲しい、

そうすれば、おそらく下巻も気になってしまうはず。

 

 

登場人物(ネタバレあり)

・手塚道郎:第一部では会社の経理データをすべて吹っ飛ばして解雇されてからは、

      バイトの日々。22歳。

      →第二部では「保坂仁史」の戸籍を手に入れ、「新東美術印刷」の社員。

      →第三部では「鶴見良輔」の戸籍を手に入れ、

       本城製紙平塚工場の臨時契約社員

・西嶋雅人:第一部では鉄工所の工員(板金工)。

      第三部では「真鍋宏英」の戸籍を手に入れている。

・水田紘一:竹花印刷の工員。保坂仁史からは「じじい」と呼ばれている。

      昔の通り名は『掘りの鉄』。

・竹花幸緒:第一部では14歳の中学生。竹花印刷の社長の子供。

      第三部では月島夕子という源氏名

      『ら・るーじゅ』というクラブで働く。

・竹花ふみ:幸緒の母親。竹花印刷の社長。

・光井正平:ミツイ通商の社長。水田紘一の昔の仲間。

 

・江波和彰:東建ファイナンス西池袋支店渉外部長。

      第三部では四谷本社の副社長兼取締役。

・佐竹信也:江波和彰の部下。東建ファイナンス西池袋支店の従業員。

・飯田竜男:東建興業が子飼いにしている売人。

・大城昇:帝都銀行本社第二営業部部長。

・中尾靖史:三光フィルムの資材部の社員。

 

ネタバレありの感想

第一部の機械相手の偽札作りというのは、

イデアとして秀逸でやはり読んでいて面白かった。

それにこのアイデア自体も手塚道郎たちが、

自販機に対して外国の硬貨を使っていることからくるアイデアということを考えると、

自然な発想になっている。

またキャッシュ・ディスペンサーを狙う際に電信柱の上にあるトランスを

ガスボンベで破壊して警察の到着を遅らせているなど、

リアリティに拘っているのも犯罪小説としては非常に良い。

 

第二部は改めて読んだ感想としては保坂仁史、水田紘一、竹花幸緒の関係が

あまりにも短期間で近づいていることは多少の違和感を覚えるけれど、

じじいという偽札作りのプロの登場や戸籍を買い取って保坂仁史になるシーンなど、

物語としては面白い。

偽札の技術的な話はここからかなり専門的な話になってきて、

ちょっと理解できなくなってくるけれど、

小説としての面白さが損なわれているわけではない。

物語としては帝都銀行による竹花印刷の乗っ取りと、

その裏にいる東建ファイナンスの江波和彰が絡んでいるという話で、

しかもジジイは死んでしまうというラスト。

 

第三部は出所してきた西嶋雅人と再び出会った竹花幸緒、

そして光井正平と組んで東建ファイナンスの江波和彰や佐竹信也、

帝都銀行を相手にしたコンゲームが描かれている。

偽札作りも機械相手の偽札ではなくて、人を相手にした本格的な偽札になっている。

今までは江波たちが主導権を握って受け身に回っていた主人公たちだったので、

主人公たちから仕掛ける構図は新鮮に映るし、爽快感がある。

信用金庫での芝居も、佐竹に気付かれて何とか危機を脱するも、

エキストラの発言から江波に気付かれてしまうということで、

緊張感あるものになっているので、長編のラストに相応しいものになっている。

ラストの光井が五億円の手形を持ち逃げしたり、

エピローグに関しては賛否両論だろうとは思うけれど、私は大好き。

江波たちに復讐は成功してるし、

主人公たちが五億円手に入れて幸せなラストよりも

真保裕一』の名前で『奪取』の小説を書くというのは洒落っ気があって、

良いかなと。

本編自体もシリアスな部分もあるけれど、コミカルな部分も多数あって、

ノリが良い小説なのでエピローグも素直に受け入れることができた。

 

今回改めて読んで気づいたのは、三部ともタイムリミットがあることで、

物語に緊迫感があるということ。

偽札の技術的な話は確かに理解するのが難しいけれど、

物語そのものはかなりテンポよく進んでいくこと。

登場人物たちの軽妙な掛け合いであったり、多少のアクション要素、

それに第三部はコンゲームになっていたりと飽きさせない構成になっている。

私の思い入れ自体もあるけれど、今読んでも十分楽しめると思う。