本記事では奥田英朗さんの小説『噂の女』を紹介します。
噂の女
著者:奥田英朗
出版社:新潮社
ページ数:398ページ
読了日:2024年11月25日
満足度:★★★☆☆
奥田英朗さんの『噂の女』。
足立梨花さん主演でドラマ化されている。
あらすじ
社会人一年生の北島雄一は、会社の人間が中古車を買ったら、
その日のうちに電気系統が駄目になったので、先輩社員と一緒に
中古車ディーラーにクレームを付けに行くことになった。
その中古車ディーラーには、雄一の中学時代のクラスメートの糸井美幸が
事務員をしていた。
中学時代は地味な顔立ちだった美幸は、色香を振りまく女になっていた。
「中古車販売店の女」より
主な登場人物
・糸井美幸:弥生中学校→金華商業高校→短大。
中古車ディーラーの事務員→麻雀店の店員→クラブ『美幸』のママ。
「中古車販売店の女」に登場
・北島雄一:商事会社勤務。二十二歳。
「麻雀店の女」に登場
・青木洋平:衣料品問屋「株式会社信頼堂」勤務。
「料理教室の女」に登場
・岡本小百合:小さな衣料品販売会社勤務。
「マンションの女」に登場
・秋山大輔:工務店の営業。
「パチンコの女」に登場
・池谷麻衣:失職中で失業保険を貰っている女性。
「柳ケ瀬の女」に登場
・平塚博美:「キッズ・エデン」の保育士。
「和服の女」に登場
・竹内:従業員二十人程度の建設会社のオーナー社長。
「躍進連合会」の世話役。
「檀家の女」に登場
・和田:矢来寺の檀家の世話役。米屋。
「内定の女」
・鹿島尚之:西警察署の刑事課一係の刑事。
「スカイツリーの女」
・星野美里:稲越誠二県議の秘書。
ネタバレなしの感想
中古車ディーラーに毎日クレームをつけに通う会社員三人組、
麻雀に明け暮れるしがないサラリーマン達、
料理教室の講師の態度や料理に使われる食材の悪さに文句がつのる女達、
義父が二十四歳の女と再婚すると言いだし再婚相手に会うことになった男、
パチンコで時間をつぶす失業保険受給中の女達、
寺への寄進の要求があまりにも酷いので文句を言おうとする檀家、
柳ケ瀬という地方都市で暮らし、鬱屈した日々を送る彼らと
「噂の女」糸井美幸に連なる十の物語。
章ごとにわかれていて語り手はそれぞれ別人になっているけれど、
糸井美幸という女性に関する長編になっている。
物語の縦軸は「噂の女」糸井美幸で、美幸がいかにのし上がっていくかで、
横軸として地方都市で鬱屈とした心情を抱えた人物たちが描かれている。
この地方都市に住む人物たちの心情に関しては、
奥田英朗さんの得意するところで、地方都市特有の人間関係と
そこに根差す人間たちの感情が非常にリアリティあるものになっている。
一方で糸井美幸に関しては、糸井美幸視点ではなく、
他者の視点を通して、美幸がいかにのし上がったかが描かれている。
ただ登場人物によって糸井美幸を見る目が違うという面もあるのかもしれないけれど、
作品としてはシリアス路線なのかコメディ路線なのか、どっちつかずの印象を受けた。
最初の「中古車販売の女」と「麻雀荘の女」を読み終わった段階では、
オチもなくあまりにも掴みどころのない内容なので困惑したけれど、
「料理教室の女」あたりからはひきこまれて一気に読んでしまった。
「料理教室の女」「柳ケ瀬の女」「和服の女」あたりは特によかった。
ただメインストーリーそのものは特に秀でたものはないので、
ストーリーを期待して読む方は注意が必要になっている。
ネタバレありの感想
2009年から2012年に書かれたということで、
当時話題になっていた首都圏連続不審死事件や鳥取連続不審死事件を
モデルにしていると思われるが、
直接的に事件そのものが書かれているわけではないので、
そこまでの重さやリアリティはなかった。
糸井美幸に関しては、あくまで他の人の視点から語られているので、
そこまで具体的に語られるわけじゃなく、読者の想像の余地もあり、
粗も目立たず良かった。
最後の「スカイツリーの女」では読後感自体は悪くは無く、
地方で女性であることを利用してのし上がっていくという話であれば、
最後は爽快感があったかもしれないけれど、
もっとも糸井美幸は三人殺している可能性があるので、
かなり無理やりなオチな感もあった。
地方都市での鬱屈とした人たちを描かせたら奥田さんの右に出る者はいないと
思っているのでこの点では非常に満足度は高かった。
地方特有のしがらみと、それによる人間関係の煩わしさに
もがきながら生きている人々が描かれている。
基本的には暗く重いけれど、語り手たちが章ごとによって変わるので、
そこまで一人の人物が追い込まれていくわけではないので、
読んでいてそこまできつさは感じなかった。
「料理教室の女」と「柳ケ瀬の女」では鬱屈とした人物とは対照的な存在や
影響を与える存在として糸井美幸が描かれていて、ここは非常に良かった。
特に「柳ケ瀬の女」では平塚博美が吹っ切ったラストになっているので、
妙な爽快感や興奮があった。
糸井美幸に関してはシリアス路線かコミカル路線かどっちつかずな印象で、
メインストーリーは何とも評価しにくい。
一方でそれぞれの章の登場人物たちのリアルさ、
どうしようもなさは私は好きだけれど、それだけでは人にはお勧めしにくいのも事実。