【宮部みゆき】『火車』についての解説と感想

本記事では宮部みゆきさんの小説『火車』を紹介します。

火車

火車

著者:宮部みゆき

出版社:新潮社

ページ数:590ページ

読了日:2024年5月31日

満足度:★★★★★

 

宮部みゆきさんの『火車』。

第六回山本周五郎賞受賞作品。

「1992「週刊文春」ミステリーベスト10」1位、

このミステリーがすごい!1993年版」2位、

「もっとすごい!!このミステリーがすごい!20周年ベスト・オブ・ベスト1位。

 

あらすじ

怪我で休職中の刑事・本間俊介は、親戚で銀行員の栗坂和也から

謎の失踪を遂げた和也の婚約者・関根彰子を捜してほしいと頼まれる。

和也の話によると、クレジットカードを持っていない彰子に

カード作成を薦めたところ、

審査の段階で彰子が自己破産経験者だということが判明した。

和也から問い詰められた彰子は、翌日には姿を消していたとの事だった。 

捜査を開始した本間は、最初に彰子の勤め先を訪ね、

社長から彰子の履歴書を見せられ、写真を見て彰子の美貌に驚く。

次に、彰子の自己破産手続きに関わった弁護士を訪ねたところ、

彰子は会社勤めの傍ら水商売に手を出しており、

容貌の特徴は大きな八重歯だという。

別人じゃないか?と疑念を抱いた本間は、

履歴書の写真を弁護士に見せると、

弁護士は「私の知っている関根彰子ではない」と言うのだった。

 

登場人物

・本間俊介:休職中の刑事。警視庁捜査一課の刑事。

・本間智:本間俊介の息子。

・本間千鶴子:故人。本間俊介の妻。三年前に交通事故で亡くなっている。

・井坂恒男:本間家の家政夫。本間と同じ公団住宅に住んでいる。

・井坂久恵:井坂恒男の妻。インテリア・デザイナーで、事務所を経営している。

・本多保:本多モータースの修理工。関根彰子の幼馴染。太郎という息子がいる。

・本多郁美:本多保の妻。妊娠六か月目。

・碇貞夫:本間俊介の同僚の刑事。警視庁捜査一課の刑事。本間千鶴子の幼馴染。

・カッちゃん:本間智の同級生。ボケという雑種犬を飼っている。

・栗坂和也:銀行員。本間千鶴子の親戚。

 

・関根彰子:栗坂和也の婚約者。今井事務機の事務員。

・今井四郎:今井事務機の取締役社長。

・みっちゃん:今井事務機の事務員。

・溝口悟郎:溝口・高田法律事務所の弁護士。

・澤木:溝口・高田法律事務所の女性事務員。

・ママ:ラハイナの雇われママ。

・菊地:ラハイナのバーテン。

・マキ:ラハイナのホステス。

・紺野:喫茶店バッカスの店主。

・紺野信子:紺野の妻。コーポ川口の家主。

・紺野明美:紺野の娘。

・関根淑子:故人。関根彰子の母親。あかね荘に十年近く住んでいた。

      生前は給食室で働いていた。

・宮田かなえ:ロレアルサロンの美容師で、あかね荘の住人。

・境:宇都宮署の刑事。

・北村真知子:理学療法士。本間俊介のリハビリトレーナー。

・山口:ニューシティ住宅の営業レディ。

・小町:ニューシティ住宅の営業レディ。

・片瀬秀樹:ローズラインの管理課課長補佐。

・新城喬子:ローズラインの元社員。二十六歳。

・宮城富美恵:ゴールドのホステス。

・倉田康司:新城喬子の元夫。倉田不動産勤務。

・加藤:倉田不動産勤務。

須藤薫:新城喬子の友達。名古屋市在住。

・野村一恵:関根彰子の同級生。

・市木かおり:ローズライン勤務。新城喬子のルームメイトだった。

・木村こずえ:フリーアルバイター

 

ネタバレなしの感想

宮部みゆきさんの代表作である『火車』。

1992年刊行で、描かれているものは、時代を感じさせるものも数多くあるけれど、

物語のテーマであるカードローンなどの債務に苦しむ人々の状況は、

現在の読者の心も捉える普遍性のある問題で、

それは、「このミステリーがすごい!」の20周年ベスト・オブ・ベスト1位に

選ばれたことでもわかると思う。

ストーリーは探偵役の休職中の刑事・本間俊介が、

一人の人物の正体を追い求めるもので、

本物の関根彰子と彰子と入れ替わった人物の足跡を追うことで、

彼女たちの人生を描いている。

ミステリー小説としても、

社会派的な小説としても私の中でかなり印象に残る作品のひとつ。

文庫本で590ページとかなりの分量があり、自己破産の話だけではなく、

本間俊介の家族の話であったり、

関根彰子たちに関わる人たちの話などが書かれているが、

物語に奥行きを与えているので、長さは気にせず読むことができる。

ミステリー好きであれば、是非読んで欲しい一冊。

 

 

ネタバレありの感想

本間俊介が関根彰子と新城喬子の人生を追うことになるわけだけど、

特徴の一つは両者ともに直接は登場しないこと。

なので、両者の周囲にいた人物たちが両者の人となりや心境を代弁したりするわけど、

この描き方が非常に巧み。

例えば537ページの「死んでてくれ、どうか死んでてくれ、お父さん」という

喬子が官報を調べるシーンなどが最たるもので、

鬼気迫る喬子がどれだけ取り立てに苦しんでいたかということがわかるし、

須藤薫が語る「売られた」という言葉で、

喬子が殺人を犯してでも、他人に乗り換えようという動機も分かるようになっている。

小説とはいえ、人を殺すのであればやはりそれ相応の理由は欲しいので、

喬子自身には責任がない理由で追い詰められて、

新しい身分を必要としていたというのが良い。

 

あと改めて読んで思ったのは、本物の関根彰子にしても、

ゴールドの同僚・宮城富美恵が語る彰子が錯覚に浸かっていたというのは、

これはもしかしたら今の時代の方が読んでいて納得できる部分があったかもしれない。

対比になる本多保の価値観も含めて非常に印象に残った。

 

ラストの新城喬子が何も語らずに終わるのは、私にとってはベストの終わり方で、

ここで新城喬子が何か語ってしまうと、あまりにも陳腐すぎる。