【伊坂幸太郎】『ラッシュライフ』についての解説と感想

本記事では伊坂幸太郎さんの小説『ラッシュライフ』を紹介します。

ラッシュライフ

ラッシュライフ

著者:伊坂幸太郎

出版社:新潮社

ページ数:469ページ

読了日:2024年2月18日

満足度:★★★★★

 

伊坂幸太郎さんの『ラッシュライフ』。

2009年に映画化されている。

 

あらすじ

新進気鋭の女性画家志奈子と志奈子を振り回す拝金主義者の画商戸田、

独自の美学を持つ空き巣専門の泥棒の黒澤、

新興宗教の教祖にひかれている学生の河原崎と幹部の塚本、

お互いの配偶者を殺す計画を実行に移そうとする

精神科医の京子とサッカー選手の青山、

四十社連続不採用中の失業者の豊田。

いくつものストーリーが絡み合い、その果てに待つ意外な未来とは。

 

登場人物

・戸田:画商。戸田ビルの三代目オーナー。六十歳。

・志奈子:画家。戸田と契約を結んでいる。二十八歳。

・黒澤:空き巣専門の泥棒。三十五歳。

・タダシ:泥棒。

・親分:タダシの親分。

・河原崎:高橋の宗教団体の信者。学生。絵を描くのが得意。

     三年前に父親が飛び降り自殺している。

・高橋:新興宗教団体の教祖。未来のことが分かる。

・塚本:高橋の宗教団体の幹部。

・佐々岡:元画商。以前は戸田のもとで働いていた。

・京子:心理カウンセラー。青山と不倫関係にある。

・青山:プロサッカー選手。ポジションはDF。京子とは不倫関係にある。

・豊田:無職。四十社連続不採用。二年前に離婚していて、息子は妻と暮らしている。

・舟木:豊田の元上司。

・老人:真っ白い髪に眼鏡をかけた、細長い顔をした男性。

・老婦:老人の妻。背が低く丸顔の女性。

・白人女性:大学の留学生。

      仙台駅前で「あなたの好きな日本語を教えてください」と書かれた

      スケッチブックを持っている女性。

・井口:豊田と同期入社の男性。足に障害を持った子供がいる。

 

ネタバレなしの感想

女性画家志奈子、泥棒の黒澤、絵を描くのが得意な河原崎、カウンセラーの京子、

失業者の豊田の五つの視点で物語が進んでいく群像劇になっている。

さらにはそこに老犬や新興宗教の教祖などが絡んできて、

物語は展開していくことになる。

 

伊坂作品はそれなりに読んできているけれど、

ラッシュライフ』は今回初めて読んだけれど、かなり面白かった。

不思議な登場人物たち、ウィットに富んだ会話、先の読めない展開など、

個別の物語だけでもかなり面白いのが、

収斂していくことによってさらに驚きをもたらしてくれる。

空き巣に入ったら、必ず盗品のメモを残して

被害者の心の軽減をはかるという独自の美学を持っている泥棒の黒澤と、

四十社連続不採用中の失業者の豊田のパートは特にお気に入り。

黒澤はこれ以後伊坂作品に登場することになるし、

豊田は作中での変化が特に印象深いものになっている。

事前情報を入れずに読むことをお薦めする一冊。

 

 

ネタバレありの感想

伊坂さんの本なのでただの群像劇ではないということは想像できたけれど、

中盤過ぎで仕掛けに気づいときは、かなり衝撃を受けた。

読んでいる時に違和感は結構あるんだけれど、

具体的にどういう仕掛けかは分からなかったのもあって余計驚いた。

 

仕掛けとしては、同日の出来事ではなく、時間軸がそれぞれ一日ズレていて、

原崎→黒澤→京子→豊田→志奈子のそれぞれの視点のパートは別の日になっている。

黒澤パートの最初は河原崎パートの翌日で、

原崎が塚本を殺して部屋から出ていくのが描かれているし、

京子パートでカウンセラーになりたいと電話をかけてきたのは、

黒澤パートで佐々岡から電話番号を教えてもらった黒澤。

421ページで佐々岡が言うように、

昨日は河原崎が主役、今日は黒澤が主役とリレーのように

続いていくという構成になっている。

一風変わった群像劇ではあるけれど、私はリレーの話も含めてかなりお気に入り。

また失業中の豊田が作中で老犬の出会いなども変化していった結果、

「譲ってはいけないもの。そういうものってありますよね?」と言って

「金で買えないものはない」と言う戸田にNOを突きつけるというのも非常に痛快で、

しかも結果として志奈子を救っているのも良い。

豊田が白人女性の紙にもう一回書いた言葉は「イッツオールライト」で、

素晴らしい読後感になっているし、本書の主役は豊田なんだろう。

 

黒澤はこの時点で愛すべきキャラクターで、

アウトローながら独自の美学を持っているのが良いし、

その後もたびたび伊坂作品に登場するのも納得。

反面、河原崎は境遇も含めてちょっと救いがないのがいまいち、

京子は夫や青山の妻を殺そうとしてことを考えたら仕方ない終わり方か。

 

京子パートのバラバラ死体と豊田パートの郵便局強盗の事件の真相は、

分かってしまえばどうということもないけど、

読んでいる最中はやはり気になるので、ここらへんもうまいかな。

『オーデュボンの祈り』に続いて読んだけれど、

この時期の伊坂作品はパズルがキッチリカッチリハマるような構成になっていて、

それでいて作中には温かみや優しさもあって、ちょっとレベルが違うのを実感できる。

 

小ネタ

223ページで『オーデュボンの祈り』の伊藤が額屋のバイトをしていて、

喋るカカシの話をしていることが佐々岡の口から語られている。

130ページで語られる動物園のエンジンの話は、

『フィッシュストーリー』の「動物園のエンジン」で描かれている。

306ページの縁日で売っている面を被らされた銀行強盗の話は『チルドレン』の

「バンク」で描かれている。

タダシと親分は『フィッシュストーリー』の「ポテチ」や

『ホワイトラビット』に出てくる今村忠司(タダシ)と中村(親分)。