本記事では伊坂幸太郎さんの小説『魔王』を紹介します。
魔王 新装版
著者:伊坂幸太郎
出版社:講談社
ページ数:384ページ
読了日:2024年4月4日
満足度:★★★☆☆
伊坂幸太郎さんの『魔王』。
「魔王」とその五年後が描かれている「呼吸」の中編二篇が収録されている。
漫画化されている。
・魔王
あらすじ
ある日、会社員の安藤が電車に乗っているとガムを噛んでいる若者が
二人分の席を一人で使用していたため、腰の曲がった老人が
手すりを握ったまま危なげに立っていた。
安藤は「もし俺があの老人だったら」どのような台詞を若者にぶつけてやろうかと、
考えていると、老人の内側に自分が入りこむような気持ちになり
老人が安藤が思った台詞をそのまま怒鳴ったのだった。
安藤はこの「力」について考察をはじめ、
自分が念じた言葉を相手が必ず口に出す能力であり、これを「腹話術」と名付ける。
そして、安藤はこの能力を携えて、ある一人の政治家に近づこうとするが。
登場人物
・安藤:会社員。十七年前に両親を交通事故で亡くしている。
『冒険野郎マクガイバー』の影響もあり、
『考えろ考えろ』と唱えながら考察する考察魔。
自分が念じた言葉を相手に喋らせることができる『腹話術』の能力がある。
・潤也:安藤の弟。バイトを転々としている。
・詩織:潤也の恋人。
・島:安藤の大学時代の友人。学生時代は長髪だったが、短くなっている。
・犬養:二十人ほどの議員がいる未来党の党首。三十九歳。
・満智子:安藤の同僚。安藤の一つ年上。
・平田:安藤の先輩社員。四十代前半。
・課長:安藤たちの課長。
・千葉:資材管理部の社員。
・佐藤:首相。
・マスター:バー『ドゥーチェ』のマスター。
ネタバレありの感想
政治家の犬養が作り出す集団思想であるとか流れに対して、
危機意識を持った主人公の安藤が世の中の流れを変えようと、
超能力の『腹話術』で抵抗に乗り出す話。
「魔王」が書かれたのは二〇〇四年だけど、
物語の設定的にはもしかしたら今読んだ方がしっくりくるかもしれない。
「でたらめでもいいから、自分の考えを信じて、対決するんだ」という
台詞通りの話で、面白い部分や熱い部分はあるんだけれど、
小説として読むと若干物足りないかなというのが正直な感想。
安藤の考えは好きだし、キャラクターとしても好感は持てるし、
大きなものに立ち向かうというのも主人公向きではあるけれど、
安藤が立ち向かうのものが抽象的というのか物語時点では具体的な危険性を
感じにくいのが難点かな。
メッセージ性は抜群だと思うし、それに共感はできるけれど、
あくまで小説としては、私はそこまで楽しめなかった。
163ページに登場する資材管理部の千葉は、『死神の精度』の主人公の死神の千葉。
・呼吸
あらすじ
兄が亡くなってから五年後、潤也と詩織は結婚し、仙台に住んでいた。
兄が亡くなってから潤也は運が良くなりだし、
一番顕著だったのはじゃんけんで、兄が亡くなってからは一度も負けていなかった。
一方、犬養は首相になっていて、憲法九条の改正の国民投票が迫っていた。
潤也は犬養の周りにも特殊な能力を持った人間がおり、
兄の死にも特殊能力を持った人間が関係していると推測する。
登場人物
・潤也:環境調査、猛禽類の調査の会社に勤めている。
じゃんけんで負けなくなったことからある能力に気付く。
・安藤:故人。潤也の兄。五年前に亡くなっている。
・詩織:潤也の妻。派遣社員として『サトプラ』で働いている。二十八歳。
・蜜代:『サトプラ』の正社員。
・大前田:『サトプラ』の課長。
・赤堀:『サトプラ』の社員。二十七歳。
・島:未来党の党員。
・犬養:首相。
ネタバレありの感想
「魔王」の五年後の話で、語り手は潤也の妻の詩織になっている。
「魔王」に登場した政治家の犬養が首相になっていて、
物語のテーマそのものは、「魔王」と同じで潤也の
「馬鹿でかい規模の洪水が起きた時、俺はそれでも、水に流されないで、
立ち尽くす一本の木になりたいんだよ」という台詞に集約されている。
潤也が超能力に気付いて、その特徴を解き明かしていくのも含めて
「魔王」と同じになっている。
もっとも潤也の場合は直接犬養と対決するのではなく、
何かを決意して、超能力を使ってお金を貯めている段階なので、
終わり方としてはスッキリはしていなくて、中途半端な感はある。
総評
「魔王」と「呼吸」の中編二篇が収録されていて、
二篇とも安藤と潤也の兄弟の話になっている。
伊坂さんの作品をデビュー作からある程度読んできたからこそ分かるのは、
本作はかなりの異色作で、正直手放しではお薦めしにくい。
メッセージ性は抜群だと思うし、作中から漂う雰囲気も独特で悪くはないんだけれど、
エンターテインメント性やカタルシスのようなものは、かなり希薄になっている。
二〇〇四年、二〇〇五年に書かれた作品ではあるけれど、
今の時代読んでも色褪せないどころか、今の時代こそ読むべき一冊かもしれない。
本書の五十年後の世界が描かれているのが『モダンタイムス』になっているので、
両方読む予定なら本書からの方が良いかもしれない。