本記事では夕木春央さんの小説『十戒』を紹介します。
十戒
著者:夕木春央
出版社:講談社
ページ数:304ページ(単行本)
読了日:2024年7月24日
満足度:★★★☆☆
夕木春央さんの『十戒』。
「このミステリーがすごい!2024年版」13位。
あらすじ
大室里英の伯父・修造が北海道で交通事故に遭って亡くなった。
その伯父の所有していた島・枝内島についてリゾート計画が持ち上がったため、
浪人生の里英は父親や観光開発会社、
建設会社の人たちなど総勢九人で枝内島に視察旅行に行くことになった。
だが枝内島では異変が起きていて、
作業小屋やバンガローから大量の爆弾と起爆装置が見つかったのだ。
すると翌朝、不動産会社の社員が殺されており、
さらに十の戒律が書かれた紙片が落ちていたのだった。
登場人物
・大室里英:芸大志望の浪人生。十九歳。
・大室:大室里英の父親。WEBデザイナー。
・沢村:日陽観光開発会社の社員。
・綾川:日陽観光開発会社の研修社員。
・草下:草下工務店の社長。
・野村:草下工務店の設計士。
・藤原:羽瀬蔵不動産の社員。
・小山内:羽瀬蔵不動産の社員。
・矢野口:大室修造の友達。
・大室修造:故人。大室里英の伯父。枝内島の所有者。
ネタバレなしの感想
本格ミステリーにありがちな孤島を舞台にしたクローズド・サークルもの
ではあるけれど、実際にはスマホで連絡自体は可能でありながら、
犯人の強制によるクローズド・サークルになっているのが特徴の一つ。
その強制の方法が島の各所に仕掛けられている大量の爆弾で、
全て爆発したら島にいる人間は誰も生き残ることが出来ないという状況なので、
登場人物たちは犯人の提示した「十戒」に従わざるを得なくなっている。
「十戒」のもう一つの特徴が「犯人が誰かを知ろうとしてはいけない」というもので、
本来であれば登場人物たちの中から犯人探しの話し合いが行われるが、
「十戒」によってそれすらも登場人物たちは禁止されてしまう。
主人公・大室里英と父、
そして里英が行動を共にする探偵役とも言える綾川以外はほとんど
内面描写がされていないのも特徴の一つで、
夕木春央さんの『方舟』に近いものになっている。
なので、単行本で304ページとコンパクトになっているので
サクサク読む進めることができる。
『方舟』を読んで楽しめた方なら『十戒』も間違いなく楽しめて、
再読必至の一冊になっている。
ネタバレありの感想
犯人探しに関しては綾川以外怪しい人間がいなかったというのが本音で、
最初の被害者と「十戒」の紙きれを見つけた後の綾川がスマホの封印や
犯人に返事を貰う方法の『こっくりさん』を提案したり、
矢野口のスマホをナップザックから取るという大胆な行動などは怪しさ満点だった。
一方で大室里英が一緒に寝ていたことから綾川の犯行を否定しているので、
ここで行き詰ってしまった。
なので最後まで読むと「十戒」の「犯人を明らかにしてはいけない」というのが
重要な意味を持っていて、
里英は小山内の死体を見た瞬間から犯人が綾川だと分かっていて、
その後の里英と綾川の会話はかなり重要な意味を持っているのが
分かるようになっている。
私はこの「犯人を明らかにしてはいけない」の重要性に気付かなかったので、
これを理解した上で二回目を読むと、
里英が家族にも話していない予備校のイタいやつの話をしたり、
「わたし、綾川さんを信じてます。わたしには、他にもどうしようもないので」
(187P)というのも最初読んだ時とは違う印象を持つ。
ということで再読必至の一冊になっているのは間違いない。
あと状況は異なるが、
『方舟』の主人公・越野柊一が「選択肢」を誤ったのに対して、
里英は正しい「選択肢」を終始選び続けているので、
『方舟』との比較も含めて楽しめるのは間違いない。
個人的にはアドベンチャーゲームやノベルゲームに近くて、
正しい「選択肢」を選ばなければ即バッドエンドのようなものを小説で再現したと。
しかしゲームならバッドエンドを見せて、やり直し前提の作りにできるけれど、
小説だと違うので中々これを認識しづらいのが難点。
『十戒』の評価は『方舟』を読んでいるかどうかと、
ラストで綾川が『方舟』の絲山麻衣であることが分かるかどうかで
評価がハッキリと分かれる。
私は『方舟』を読んでいたので、
ラストで「もしかして・・・、これは・・・」と思い、
ネットで調べて確信できたので評価としてはグッと上がったけれど、
もし以上のことが無ければ正直評価が難しい本だろう。
というのも『方舟』はそれだけで成立しているのに対して、
『十戒』は『方舟』ありきで、綾川は巻き込まれた側に過ぎないので、
事前準備なしに咄嗟に「十戒」を思いついたり、
犯行を完璧にこなすなど『方舟』の出来事を経験している綾川以外だと
物語としては成立しないので、
やはり『方舟』を読んでいるかどうかは本書の評価を左右するだろう。
しかも『方舟』から読んでいないと『十戒』のラストの衝撃は分からないので、
『方舟』→『十戒』という順番は大事になってくるという。
一方で『方舟』→『十戒』の順番で読んだ方が良いと強調すると
続編だと気づかれる恐れがあるという難しさもある。
『方舟』同様公式ネタバレ解説サイトがある。