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【まさきとしか】『あの日、君は何をした』についての解説と感想

本記事ではまさきとしかさんの小説『あの日、君は何をした』を紹介します。
三ツ矢&田所刑事(パスカル)シリーズの一作目である。

あの日、君は何をした

あの日、君は何をした

著者:まさきとしか

出版社:小学館

読了日:2024年2月24日

ページ数:368ページ

満足度:★★☆☆☆

 

まさきとしかさんの『あの日、君は何をした』。

三ツ矢&田所刑事(パスカル)シリーズの第一弾。

あらすじ

北関東の前林市で暮らす主婦の水野いづみは、

夫と娘と息子と平凡ながらも幸せに暮らしていた。

そんないづみの生活は、息子の大樹が連続殺人事件の犯人に間違われて、

事故死したことによって一変してしまう。

大樹が深夜に家を抜け出して、警察から逃げたのは何故なのか?

十五年後、新宿区で若い女性が殺害される事件が発生し、

不倫相手の百井辰彦が行方不明に。

刑事の三ツ矢秀平が捜査を進めるうちに、

無関係に見える二つの事件をつなぐ鍵が明らかになる。

 

登場人物

一部に登場

・水野いづみ:主婦。四十二歳。

・水野克夫:水野いづみの夫。工務店勤務。

・水野沙良:水野いづみの娘。前林一高の三年生で第一志望の大学に合格している。

・水野大樹:水野いづみの息子。中学三年生で第一志望の高校に合格している。

・神崎乙女:前林一高から水野沙良と同じ大学へ入学した女性。

・滝岡鞠香:水野大樹と同じ中学校だった女性。

・村井由樹:水野大樹と同じ中学校だった女性。

・林竜一:女性連続殺人の容疑者で宇都宮警察署から逃走中。

 

二部に登場

・田所岳人:警視庁戸塚警察署刑事組織犯罪対策の新人刑事。

・三ツ矢秀平:警視庁捜査一課殺人犯捜査第5係の刑事。

・百井辰彦:現在は行方不明になっている。広告代理店勤務。三十四歳。

・百井野々子:百井辰彦の妻。ウェブデザイナー。三十歳。

・百井凛太:百井辰彦と野々子の息子。

・百井知恵:百井辰彦の母親。

・百井裕造:百井辰彦の父親。マンションの管理人。

・乾瑤子:百井野々子の母親。『YOYO』の店主。五十四歳。

・小峰朱里:事件の被害者。広告代理店勤務。二十四歳。

・加藤:小峰朱里の同僚で同期入社。

・加瀬明日香:ヨガのインストラクター。

       半年ほど前まで百井辰彦が勤めている広告代理店に勤めていた。

・松本:百井辰彦が住んでいるマンションの一階の住民。コンビニ勤務。

・金城:百井辰彦が住んでいるマンションの一階の住民。

・福永:NPO法人ポラリス』の代表理事。元埼玉県警の警察官。

・草薙雅美:『ポラリス』の事務員。

・佐藤宏太:二〇〇四年三月に失踪した草薙雅美の婚約者。

・池:警視庁戸塚警察署刑事組織犯罪対策の刑事。田所岳人の先輩。

・加賀山:警視庁戸塚警察署地域課の刑事。

・亮:二〇〇四年の乾瑤子の恋人。スポーツクラブで夜勤をしている。

・水野克夫:水野大樹の父親。埼玉県所沢市在住。

・猿渡いづみ:水野大樹の母親。水野克夫と離婚している。

 

ネタバレなしの感想

二部構成になっていて、一部は、「宇都宮女性連続殺人事件」の犯人・林竜一が

警察署のトイレから脱走したところから始まる。

そして宇都宮市から約七十五キロ離れた前林市で深夜に警察が不審人物に

職務質問しようとしたところ、相手が自転車に乗ったまま逃走し、

駐車中のトラックに衝突して死んでしまう。

死んだのは中学生の水野大樹で、

一部は主にこの大樹の母親のいづみの視点で描かれている。

そして二部は十五年後の二〇一九年新宿のアパートで女性が殺害される事件が発生し、

不倫相手である百井辰彦が行方不明になる。

二部は百井辰彦の母親・知恵と妻・野々子、

そして事件を担当する刑事の視点で描かれる。

 

一部は事故死した中学生の大樹が深夜に家を抜け出し、

警察から逃げたのはなぜか?というのが

一応は謎にはなるけれど、事故死した大樹の家族の話がメインになっている。

 

二部は刑事視点で描かれている部分もあるけれど、

正直警察ものとして読むとかなり肩透かしを食らうことになると思う。

また、ミステリーとしては確かに謎があり、

その答えはしっかりと提示されている。

もっとも謎そのものの弱さもあってミステリーとしては、カタルシスを感じなかった。

物語的には親子関係がテーマになっていて、水野大樹といづみ、百井辰彦と知恵、

そして百井野々子と母親の乾瑤子の関係が描かれているので、

こちらを重視して読む分にはそれなりだけど、

基本的にはかなり暗く重い話なので、気軽にはお薦めできない。

ただ、文章はかなり読みやすいのもあって、一気読みはしやすかった。

 

 

ネタバレありの感想

読んだ最初の感想は惜しいというもの。

二〇〇四年の事故と、十五年後の二〇一九年の事件がリンクしているというのは、

面白いけれど、リンクしてると疑う根拠は弱すぎるかな。

三ツ矢秀平は必ずしも直接的にはリンクを疑っているわけではないけれど、

百井辰彦の行方を捜していると十五年前の前林市に

出くわすというのはこじ付けにしか思えなかった。

二〇一九年の事件の犯人が猿渡いづみと判明した後で、

事件の背景を調べて二〇〇四年の方の真相に辿り着くとかの方が自然かなと。

だいたい刑事二人は特に活躍してるとは思えないので、

刑事ものである必然性も実はあまりないのではないかな。

 

三ツ矢秀平の人物像も「母親を殺されている」、「瞬間記憶能力がある」、

「変わり者」というどっかで見たような背景を持った人物で、

あまりうまく人物が描けているとは思えず、私には魅力を感じなかった。

百井野々子も実母と義母への顔があまりにも違いすぎて、

どうも同一人物とは思えないのも違和感があった。

百井知恵も正直あそこまですぐ壊れるものなのかと、

あまり感情移入できなかった。

 

十五年経ってから、十五歳の大樹から手紙が来たのも違和感しかないし、

最後の二〇〇四年の事件・事故の真相もあまりにも唐突すぎて、

あまり面白いとは感じられなかった。

あまりにも脈絡もないから、イヤミスとしても評価しようがない。

一つ一つの要素は面白いものがあるけれど、

それが物語の中でうまく昇華されるとは思えなかった。

 

良かったのは、不謹慎ながら一部の水野いづみと滝岡鞠香の壊れっぷりと、

物語冒頭の女性が十五年後に草薙雅美として登場する点ぐらいかな。

【横山秀夫】『半落ち』についての解説と感想

本記事では横山秀夫さんの小説『半落ち』を紹介します。

半落ち

半落ち

著者:横山秀夫

出版社:講談社

ページ数:360ページ

読了日:2024年2月21日

満足度:★★★★★

 

横山秀夫さんの『半落ち』。

このミステリーがすごい!2003年版」1位、

「2002「週刊文春」ミステリベスト10」1位の二冠を達成した。

また映画化とテレビドラマ化もされている。

 

あらすじ

現職警察官の梶聡一郎が病苦の妻・啓子を殺害し、自首してきた。

W県警本部捜査第一課の強行犯指導官の志木和正は、

連続少女暴行事件の捜査を担当していた。

犯人の身柄確保の電話を待っていたが、W県警本部長の加賀美康博から、

梶の取り調べを命じられる。

梶はアルツハイマー病を患う妻・啓子を殺害した動機、経緯について正直に話し、

完落ちで終わると思われた。

しかし、妻を殺してからの空白の二日については頑として語ろうとしなかった。

 

主な登場人物

・梶聡一郎:本部教養課次席。四十九歳。

・梶啓子:故人。梶聡一郎の妻。アルツハイマー病と診断されていた。

・梶俊哉:故人。急性骨髄性白血病により七年前に死亡。享年十三歳。

・島村康子:梶啓子の姉。

 

・志木和正:W県警本部捜査第一課の強行犯指導官。警視。異名は「落としの志木」。

・土倉:W県警本部盗犯特捜係の刑事。

・加賀美康博:W県警本部長。警察庁から出向してきているキャリア組。

・伊予:W県警本部警務部長。警察庁から出向してきているキャリア組。

・笹岡:W県警本部警務課調査官。

・栗田:W県警本部警務課の人事担当の課長補佐。警部。

岩村:W県警本部刑事部長。

・小峰:W中央署の刑事部長。

・山崎:W北署の刑事。警部補。昔、志木和正と五年間組んでいた。

 

・佐瀬銛男:W地検三席検事。一年半前までは東京地検特捜部にいた。

・鈴木:W地検の事務官。

・桑島:W地検次席

・岩国鼎:W地検検事正。元東京地検特捜部長。

・久本:W県警警務部課長。

 

・中尾洋平:『東洋新聞』の記者。

・片桐:『東洋新聞』W支局の首席デスク。

・設楽:『東洋新聞』W支局のサブデスク。

・栗林絵美:『東洋新聞』W支局のオペレーター。

 

・植村学:『藤見法律事務所』の弁護士。W弁護士会所属。

     佐瀬銛男とは司法研修所の同期。

・植村謙一:植村学の兄。

・梶昭介:梶聡一郎の祖父。『特別養護老人ホーム 清々園』にいる。

・藤見泰造:『藤見法律事務所』の経営者。

・藤見範夫:藤見泰造の息子。植村学の司法研修所の一期先輩。

     『藤見法律事務所』の弁護士。

・植村亜紀子:植村学の妻。

・植村真美:植村学の娘。

 

・藤林圭吾:特例判事補。

・藤林澄子:藤林圭吾の妻。

・辻内:裁判長。

 

古賀誠司:M刑務所統括矯正処遇官。

・本橋:M刑務所署長。

・桜井:M刑務所の処遇部門の部長。

・池上一志:ラーメン店勤務。

 

ネタバレなしの感想

半落ち』は以前読んだことがあって、

読むのは今回で二回目か三回目で、オチはある程度覚えていたけれど、

それでも面白かった。

 

物語の中心は梶聡一郎が妻の啓子を殺害してから自首するまでの空白の二日の行動。

梶は自首した後に、動機も経過も素直に供述するが、

殺害後の二日間の行動だけは頑として語ろうとしない。

この謎を中心に、刑事や検察官や記者の視点から物語が描かれている。

群像劇というのもちょっと違って章によって語り手が変わるのと、

時系列に沿って話は進んでいくので読みやすい形になっている。

また、それぞれの語り手にも物語があって、これが物語に深みをもたらしている。

 

謎解きというよりは人間ドラマとして読むのであれば満足できるだろう。

 

 

ネタバレありの感想

序盤の志木和正相手に梶聡一郎が取調室で自供していく場面から

物語にひきこまれていく。

啓子が息子の俊哉の命日を忘れてしまい、

「母親じゃない。もう人間じゃない。死にたいと叫んで。」

殺してくれと梶に頼み、梶が絞め殺した場面は胸を締め付けられる。

自分の子どもが死んだ日を忘れてしまうというのは、

非常に大きいだろうし、

いつまで人間でいられるのかというのは、真に迫る。

 

前半の警察の志木和正、検察官の佐瀬銛男、新聞記者の中尾洋平は、

組織に抗って正義を貫こうとするかっこよさと同時に、

最終的には組織に負けてしまう生々しさになっている。

植村学の章と藤林圭吾の章は梶の話も当然関わってくるんだけれど、

どちらかというと植村と藤林の話に比重が置かれている。

植村は都落ちした弁護士が梶の件を利用するも、

梶と面会するも植村の思惑通りにはいかない。

しかし、不和だと思っていた妻から誕生日プレゼントを貰うという

ラストになっていて、読後感は良い。

藤林は梶と境遇が似ていて、父親がアルツハイマー型老年痴呆で、

介護に苦労している。

それもあって、梶が妻を簡単に殺したことに対して否定的な考えを持っている。

この章のハイライトは藤林が父親の銀行の貸し金庫から手紙を読むところで、

藤林が知らなかった父親の一面を知るところだろう。

 

最後の章は刑務官の古賀誠司で、ここで空白の二日の謎が解き明かされる。

志木が個人として梶のことを気にかけていて、

梶が歌舞伎町で何をしていたか調べている。

その結果は梶が骨髄を提供した池上一志に会いに行ってたということ、

そして池上が刑務所にいる梶と会うのがラストになっている。

 

骨髄移植の関係で梶が自殺をしないで生きることを選択したのは覚えていたけれど、

歌舞伎町に行ったのが骨髄移植した池上に会いに行ったというのは

全く覚えていなかったのもあって、今回も泣いてしまった。

 

妻を殺しながらも、ドナーが現れずに息子を亡くした梶が、

ドナーになれる可能性がある限りは生き続けるのを選択するというのは

私には納得できた。

【伊坂幸太郎】『ラッシュライフ』についての解説と感想

本記事では伊坂幸太郎さんの小説『ラッシュライフ』を紹介します。

ラッシュライフ

ラッシュライフ

著者:伊坂幸太郎

出版社:新潮社

ページ数:469ページ

読了日:2024年2月18日

満足度:★★★★★

 

伊坂幸太郎さんの『ラッシュライフ』。

2009年に映画化されている。

 

あらすじ

新進気鋭の女性画家志奈子と志奈子を振り回す拝金主義者の画商戸田、

独自の美学を持つ空き巣専門の泥棒の黒澤、

新興宗教の教祖にひかれている学生の河原崎と幹部の塚本、

お互いの配偶者を殺す計画を実行に移そうとする

精神科医の京子とサッカー選手の青山、

四十社連続不採用中の失業者の豊田。

いくつものストーリーが絡み合い、その果てに待つ意外な未来とは。

 

登場人物

・戸田:画商。戸田ビルの三代目オーナー。六十歳。

・志奈子:画家。戸田と契約を結んでいる。二十八歳。

・黒澤:空き巣専門の泥棒。三十五歳。

・タダシ:泥棒。

・親分:タダシの親分。

・河原崎:高橋の宗教団体の信者。学生。絵を描くのが得意。

     三年前に父親が飛び降り自殺している。

・高橋:新興宗教団体の教祖。未来のことが分かる。

・塚本:高橋の宗教団体の幹部。

・佐々岡:元画商。以前は戸田のもとで働いていた。

・京子:心理カウンセラー。青山と不倫関係にある。

・青山:プロサッカー選手。ポジションはDF。京子とは不倫関係にある。

・豊田:無職。四十社連続不採用。二年前に離婚していて、息子は妻と暮らしている。

・舟木:豊田の元上司。

・老人:真っ白い髪に眼鏡をかけた、細長い顔をした男性。

・老婦:老人の妻。背が低く丸顔の女性。

・白人女性:大学の留学生。

      仙台駅前で「あなたの好きな日本語を教えてください」と書かれた

      スケッチブックを持っている女性。

・井口:豊田と同期入社の男性。足に障害を持った子供がいる。

 

ネタバレなしの感想

女性画家志奈子、泥棒の黒澤、絵を描くのが得意な河原崎、カウンセラーの京子、

失業者の豊田の五つの視点で物語が進んでいく群像劇になっている。

さらにはそこに老犬や新興宗教の教祖などが絡んできて、

物語は展開していくことになる。

 

伊坂作品はそれなりに読んできているけれど、

ラッシュライフ』は今回初めて読んだけれど、かなり面白かった。

不思議な登場人物たち、ウィットに富んだ会話、先の読めない展開など、

個別の物語だけでもかなり面白いのが、

収斂していくことによってさらに驚きをもたらしてくれる。

空き巣に入ったら、必ず盗品のメモを残して

被害者の心の軽減をはかるという独自の美学を持っている泥棒の黒澤と、

四十社連続不採用中の失業者の豊田のパートは特にお気に入り。

黒澤はこれ以後伊坂作品に登場することになるし、

豊田は作中での変化が特に印象深いものになっている。

事前情報を入れずに読むことをお薦めする一冊。

 

 

ネタバレありの感想

伊坂さんの本なのでただの群像劇ではないということは想像できたけれど、

中盤過ぎで仕掛けに気づいときは、かなり衝撃を受けた。

読んでいる時に違和感は結構あるんだけれど、

具体的にどういう仕掛けかは分からなかったのもあって余計驚いた。

 

仕掛けとしては、同日の出来事ではなく、時間軸がそれぞれ一日ズレていて、

原崎→黒澤→京子→豊田→志奈子のそれぞれの視点のパートは別の日になっている。

黒澤パートの最初は河原崎パートの翌日で、

原崎が塚本を殺して部屋から出ていくのが描かれているし、

京子パートでカウンセラーになりたいと電話をかけてきたのは、

黒澤パートで佐々岡から電話番号を教えてもらった黒澤。

421ページで佐々岡が言うように、

昨日は河原崎が主役、今日は黒澤が主役とリレーのように

続いていくという構成になっている。

一風変わった群像劇ではあるけれど、私はリレーの話も含めてかなりお気に入り。

また失業中の豊田が作中で老犬の出会いなども変化していった結果、

「譲ってはいけないもの。そういうものってありますよね?」と言って

「金で買えないものはない」と言う戸田にNOを突きつけるというのも非常に痛快で、

しかも結果として志奈子を救っているのも良い。

豊田が白人女性の紙にもう一回書いた言葉は「イッツオールライト」で、

素晴らしい読後感になっているし、本書の主役は豊田なんだろう。

 

黒澤はこの時点で愛すべきキャラクターで、

アウトローながら独自の美学を持っているのが良いし、

その後もたびたび伊坂作品に登場するのも納得。

反面、河原崎は境遇も含めてちょっと救いがないのがいまいち、

京子は夫や青山の妻を殺そうとしてことを考えたら仕方ない終わり方か。

 

京子パートのバラバラ死体と豊田パートの郵便局強盗の事件の真相は、

分かってしまえばどうということもないけど、

読んでいる最中はやはり気になるので、ここらへんもうまいかな。

『オーデュボンの祈り』に続いて読んだけれど、

この時期の伊坂作品はパズルがキッチリカッチリハマるような構成になっていて、

それでいて作中には温かみや優しさもあって、ちょっとレベルが違うのを実感できる。

 

小ネタ

223ページで『オーデュボンの祈り』の伊藤が額屋のバイトをしていて、

喋るカカシの話をしていることが佐々岡の口から語られている。

130ページで語られる動物園のエンジンの話は、

『フィッシュストーリー』の「動物園のエンジン」で描かれている。

306ページの縁日で売っている面を被らされた銀行強盗の話は『チルドレン』の

「バンク」で描かれている。

タダシと親分は『フィッシュストーリー』の「ポテチ」や

『ホワイトラビット』に出てくる今村忠司(タダシ)と中村(親分)。

【浅倉秋成】『俺ではない炎上』についての解説と感想

本記事では浅倉秋成さんの小説『俺ではない炎上』を紹介します。

俺ではない炎上

俺ではない炎上

著者:浅倉秋成

出版社:双葉社

ページ数:429ページ(単行本)

読了日:2024年2月12日

満足度:★★★☆☆

 

浅倉秋成さんの『俺ではない炎上』。

このミステリーがすごい!』2023年版国内編19位。

 

あらすじ

Twitterに遺体の写真付きで殺人をほのめかしている投稿が、

リツイートをきっかけに拡散する。

アカウント主は大手住宅販売会社の営業部長の山縣泰介と判明する。

インターネットに疎い山縣は人違いだと当初は楽観視していたが、

そのアカウントは十年前に作られており、

山縣泰介本人としか思えない投稿が残されていた。

やがて山縣の自宅の物置から別の遺体も見つかり、

誰からも信じてもらえない状況に追い込まれた山縣は逃亡を余儀なくされる。

逃亡を続けながらも、事件の真相を探ろうとする。

 

登場人物

・山縣泰介:大帝ハウス大善支社の営業部長。五十四歳。

・山縣芙由子:山縣泰介の妻。化粧品通販のコールセンターでパートをしている。

       大帝ハウス町田支店で事務員をやっていた時に

       泰介と社内恋愛の末結婚した。

・山縣夏実:山縣泰介の娘。小学五年生。

 

・住吉初羽馬:学園大の三年生。サークル「PAS」のリーダー。

       アカウント名は『すみしょー』。

・サクラ:学園大の二年生。アカウント名は『サクラ(んぼ)』。

    「ネットでの出会いを考えるシンポジウム」というイベントの参加者。

 

・堀健比古:大善署刑事課の刑事。巡査長。

・六浦:県警捜査一課の刑事。堀健比古とは同じ署で働いた経験がある。巡査長。

    学園大の理系出身。

・野井:山縣泰介の部下。大帝ハウス大善支社の戸建て住宅部門の課長。

・青江:シーケンLIVEの営業担当。

・マチ子:スナック「しずく」の店主。三十歳の息子がいる。

・江波戸琢哉:山縣夏実のクラスメイト。「えばたん」と呼ばれている。夢は建築士

・塩見:医薬品メーカー勤務。以前は大帝ハウス勤務で山縣泰介の部下だった。

・篠田美沙:事件の被害者。万葉町第二公園の公衆トイレで見つかる。

      大学生。二十一歳。

・石川恵:事件の被害者。山縣泰介の自宅の倉庫から見つかる。

     大学生。

・砂倉紗英:女子大生。

・木沢:大善署の刑事。大善署で最も取り調べが巧いと謳われている。

 

ネタバレなしの感想

ある日突然、「女子大生殺害犯」とされた男、

既に実名と顔写真がネットに晒されていて大炎上している。

事実無根だが、誰にも信じてもらえない状況のため逃亡しながらも、

事件の真相を探ろうとする。

物語は、SNSで女子大生殺害犯に仕立てられた山縣泰介、その娘の山縣夏実、

炎上のきっかけとなったリツイートをした大学生の住吉初羽馬、

そして事件を担当する大善署の刑事の堀健比古の視点で進行していく。

メインストーリーは当然ながら逃亡することになった山縣泰介で、

緊迫感ある逃亡劇と反撃が描かれている。

またネットを利用したなりすましによる冤罪だけでなく、

歪んだ正義感や無責任な発言などネットの問題も描かれているのも特徴になっている。

スリルあふれる逃亡劇とロジカルなミステリーの融合になっていて、

さらには社会派的な要素もありの一冊になっている。

 

 

ネタバレありの感想

ネットが炎上して山縣泰介の周辺が物騒になってきて、死体が発見されて、

泰介が逃亡を余儀なくされる流れは、テンポもよく、

自然な流れで物語にひきこまれていった。

また多少やりすぎかなとは思うけれど、逃亡劇もスリルがあって非常に良かった。

今の時代はほとんどの人がスマホを持っていて、

多くのことがリアルタイムで知ることが可能な時代なので、

ここらへんの描写も非常にうまかった。

この逃亡シーンは、映画の『逃亡者』を思い出した。

 

ミステリーとしては叙述もので、山縣夏実のパートだけは十年前の話になっていて、

住吉初羽馬のパートに出てくるサクラ(んぼ)の正体が、

実は山縣夏実であるというオチ。

また、事件の真相としては山縣夏美パートに登場した江波戸拓哉(えばたん)が

真犯人になっている。

 

以下気になったのは、

158ページの「小学生の娘がいるって情報が出てたけど、

本人の年齢考えたらあり得ないような気がする。」

というのだけは妙に印象には残っていた。

ただ、一方で四十過ぎで子供ができるっていうのも

今はそこまで珍しくないよなと思ったのも事実。

 

あとはオチを知った後でちょっと読み返してみると、

106ページで芙由子が「娘は塾に通わせているので、塾にいる時間です。」

と言っているけれど、

大学生の夏実が塾に通うというのはどうも納得はしにくいかな。

バイトなら通うという表現はしないような気がするし、

資格試験の学校は塾とは表現しない気がするしな。

 

あとは

293ページでサクラ(実際には山縣夏実)の台詞で、

「このままだとほんの小さな子供の手によって、山縣泰介が殺されてしまう」

とあって、読者に山縣夏実を犯人だと思わせようとしたいんだろうけど、

実際の犯人である二十歳か二十一歳の男性(江波戸拓哉)を

子供とは言わないだろうと。

江波戸は身長百五十八センチと男性としては低いけれど、

だからといって子供とは言わないよなと。

スリードしたいのは分かるけれど、若干無理があるかなとは思う。

ここらへんがいまいちスッキリはしなかったので、

どうしても評価は辛くなってしまう。

叙述トリックとしては、そこまで出来が良いとは思えないので、

妙な捻りをしない方が良かったかな。

 

山縣泰介も自身を省みて、変わろうとするラストは良かった。

【伊坂幸太郎】『オーデュボンの祈り』についての解説と感想

本記事では伊坂幸太郎さんの小説『オーデュボンの祈り』を紹介します。

オーデュボンの祈り

オーデュボンの祈り

著者:伊坂幸太郎

出版社:新潮社

ページ数:464ページ

読了日:2024年2月9日

満足度:★★★★☆

 

伊坂幸太郎さんの『オーデュボンの祈り』。

伊坂幸太郎さんのデビュー作。

2000年の第五回新潮ミステリー倶楽部賞受賞。

 

あらすじ

伊藤はコンビニで強盗を試みるも失敗し、逃走していたが、

気がつくと見知らぬ島にいた。

その島は、荻島といって江戸時代以来外界から鎖国をしているという。

荻島には嘘しか言わない画家や、島の法律として殺人を許された男、

人語を操り、未来が見えるカカシなどがいた。

また、「ここには大事なものが、はじめから、消えている。だから誰もがからっぽだ」

という昔から島に伝わっている言葉もあった。

しかし伊藤が島を訪れた翌日、カカシは無残にもバラバラにされて、

頭部を持ち去られて殺されていた。

伊藤は未来を見通せるはずのカカシは、なぜ自分の死を阻止できなかったのかという

疑問を持つ。

 

登場人物

・伊藤:コンビニ強盗に失敗して、逃走中だったが、荻島に連れてこられた。

    元システムエンジニア

・静香:伊藤の元恋人。システムエンジニア。趣味はアルトサクソフォンを吹くこと。

・城山:警察官。伊藤の中学生時代の同級生。

・祖母:故人。伊藤の祖母。

 

荻島の住民

・優牛:未来が見えて、喋るカカシ。1855年生まれ。

・日比野:伊藤に荻島を案内した男。開店休業状態のペンキ屋。

・園山:嘘しか言わない元画家。妻は五年前に殺されている。

・曽根川:伊藤より三週間前に荻島にやってきた中年男性。

・轟:荻島と外を行き来できる男性。熊みたいな風体をしている。

・若葉:地面に横たわって心臓の音を聞いている少女。

・ウサギ:体重が300キロぐらいある女性。市場にいる。

・旦那:ウサギの夫。昼間は市場でウサギの世話をしている。

・峯:故人。ウサギの祖母。

・草薙:郵便局員

・百合:草薙の妻。手を握ってあげる仕事をしている。

・桜:島の法律として殺人を許された男。

・佳代子:日比野が惚れている女性。

・希世子:佳代子と双子の女性。

・小山田:刑事。日比野の幼なじみ。

・田中:足に障害がある男性。

・安田:佳代子を付け回している男性。

・笹岡:安田の仲間。

 

・禄二郎:案山子を作った江戸時代の男性。

・徳之助:禄二郎の友人。

・お雅:禄二郎の妻。

支倉常長:荻島をヨーロッパとの交流所にした人物。

・ジョン・ジェームズ・オーデュボン:『アメリカの鳥』という

     自分で書いた鳥の図鑑を出版した人物。

 

ネタバレなしの感想

伊坂幸太郎さんの本は結構読んできたけれど、

デビュー作の『オーデュボンの祈り』は今回はじめて読んだ。

(もしかしたら、以前読んだことがあるかもしれないけど記憶は一切ない。)

設定だけは知っていて、喋るカカシであるとか島の話であることは知っていた。

 

荻島にいる未来を知ることができるカカシが殺されて、

未来を知ることができるのになぜカカシは殺されたのか?というのが

ストーリーのメインになっている。

そこから、さらに事件が起きて、色々な謎が提示されてという形で

ストーリーは展開していく。

もっとも、私は読んでいる時はミステリーというよりは

不思議な世界の物語として読んだのもあって、ミステリー感はそれほど無かった。

もっとも、カカシが殺された謎も含めてしっかり答えは提示はされるので、

ミステリーとして読んでも満足できるだろう。

また、現在、過去、伊藤の祖母、島の外の仙台など複数の視点で描かれていて、

結末に向けて収斂していく形式になっている。

 

本書の魅力は喋るカカシだけではなく、

嘘しか言わない画家や詩集を読む人殺しの男や地面に耳をつけて音を聞く少女など

おかしな人物ばかり登場することだろう。

この設定だけでもかなり奇抜なことが分かるだろうけれど、

奇抜なものを読者に違和感なく読ませるのは流石の一言。

450ページを超えるのもあって、途中で若干中だるみした感もあるけれど、

後半の展開はかなりのものでかなり満足できる一冊になっている。

 

 

ネタバレありの感想

ストーリーのメインはカカシ殺しの謎ではあるんだけど、

おかしな登場人物のおかしな言動などもあって、

中盤は物語の焦点がちょっと曖昧に感じた。

一方で後半の伏線の回収は鮮やかすぎて、

デビュー作でここまで完成度が高いのは驚異的だと思う。

登場人物たちがおかしな人たちだらけなのもあって、

どの言動が不自然なのか?を感じなかったこともあって、素直に驚いた。

 

カカシの優牛が未来を見ることができたからこそ、

ある意味では完全犯罪をやりきったわけだけど、

これは優牛がカカシであるからこそ成立する物語になっている。

優牛の未来を見るというのはかなり特別な能力ではあるけれど、

反面カカシなので本人は身動きできないというのが活かされている。

 

島に欠けているものは音楽というのも含めて最後には色んなものが、

キッチリカッチリはまるのはかなりの爽快感がある。

優牛の頭部が無くなっていたのや轟の家の地下室の謎、

若葉が地面に耳をあてて心臓の音を聞いている理由が明らかになった時は、

素直に感動した。

小さいところでいえば日比野の祖先が徳之助か?というのも良かった。

伊坂さんの作品には音楽がよく出てくるイメージがあるけれど、

一作目から重要な要素になっていたのは印象深い。

 

城山が桜に殺されるのだけは何となく想像できたけれど、

あとは全く予想できなかったのもあって、素直に驚きの方が上回った。

伊坂ワールド全開で、伊坂節も要所要所に出てきて、

田中も日比野も優牛も園山も温かみがあるキャラクターで、

最後は優しい気持ちになれるし、読後感は非常に素晴らしかった。

【荻原浩】『砂の王国(下)』についての解説と感想

本記事では荻原浩さんの小説『砂の王国(下)』を紹介します。

砂の王国

砂の王国(下)

著者:荻原浩

出版社:講談社

読了日:2024年2月6日

ページ数:下巻496ページ

満足度:★★★★☆

 

荻原浩さんの『砂の王国』。

『砂の王国』は三章で構成されていて、

下巻には第二章の後半と第三章が収録されている。

 

あらすじ

元証券マンでホームレスの山崎遼一が占い師の錦織龍斎と

長身美形のホームレス青年・仲村健三と立ち上げた「大地の会」は、

山崎遼一の設計図通りに発展していく。

それどころか会員たちの熱狂は思惑を超えて膨れ上がっていく。

 

登場人物

第二章 我が名を皆、大地と呼ぶ(承前)に登場

・山崎遼一:大地の会の事務局長。木島礼次を名乗っている。

・仲村健三:大地の会の教祖。大城健人を名乗っている。沖縄の多良間島生まれ。

・錦織龍斎:大地の会の師範代。小山内を名乗っている。

・坪井和子:スーパーマーケットのフルタイムのパート。

      夫を癌で亡くしている。五十二歳。

・飯村卓人:BI開発セミナーの講師。ブログの「甘えん坊将軍DX,」の開設者。

      青年部の初代の会員。元ウェブデザイナー(見習い)。

・佐々木晴美:夫は私立総合病院の院長。五十六歳。

・斉藤麻弓:小鉢を八十万円で落札した女性。

・清水和也:KAZZ。青年部の大学生。

・盛岡辰夫:盛岡酒店の店主。商店会会長。

・盛岡妙子:盛岡辰夫の妻。

・パコ:アズールスカイの代表。ミュージシャン。

・モンタロー:エコ・レイヴのスーパーオーガナイザー。本名は本多。

 

第三章 我らの後に時は続く

・山崎遼一:大地の会の事務局長。木島礼次を名乗っている。

      母親が神玉教の信者だった。

・仲村健三:大地の会の教祖。大城健人を名乗っている。沖縄の多良間島生まれ。

・錦織龍斎:大地の会の師範代。小山内を名乗っている。

・飯村卓人:青年部会員第一号。IT広報チームのチーフを自称している。二十三歳。

・清水和也:KAZZ。青年部。メディケーション・プログラムのインストラクター。

・光岡:取り立て屋。

・佐々木晴美:婦人部。夫は私立総合病院の院長。五十六歳。

・坪井和子:婦人部。

・吉岡雅恵:婦人部。

・斉藤麻弓:婦人部。ヒーリング体操のインストラクター。

      銀座のクラブのシャンティ」に勤めている。源氏名はカオリ。

・阪本:大地の会のIT広報室のチーフ。一流大学の工学部卒。

・パル:大城に憧れ、KAZZを慕っている十九歳の少年。

・吉江香椰:女優。三十二歳。本名は加藤香椰。

・松田栄司:元サッカー日本代表

・藤原宗輔:衆議院議員。日本維新党の党首。

・堀越:藤原宗輔の秘書。

・小林美奈子:山崎遼一の妻。

       山崎遼一とは別居中で正式な離婚の手続きはしていない。

 

ネタバレなしの感想

第二章は商店街との問題のような新興宗教をめぐる現実的な問題と、

上巻のラストで青年部のKAZZ・清水和也から誘われて、

エコ・レイヴに参加することになった「大地の会」が描かれている。

山崎遼一、仲村健三、錦織龍斎の三人で揃って初めての遠征に臨むも、

ステージではロクに喋れずに終わってしまう。

しかし、気を取り直してもう一度ステージに教祖が上がると・・・

というストーリーになっている。

おそらく映画化でもすれば、ハイライトにでもなりそうだけど、

いざ映像化したらしたで陳腐なものになってしまうかな。

 

第三章はここでは書かないけれど、雰囲気もラストも私には良かった。

第三章に関しては、

正直かなり急展開でもう少し丁寧に描かれていればとは思う部分もあるけれど、

上下巻通して物凄く楽しめた。

 

 

ネタバレありの感想

第二章の商店街の問題は新興宗教団体と周囲の摩擦をうまく処理していて、

小説としてもかなり丁寧に描かれている。

エコ・レイヴは一度は失敗するも、山崎遼一が仲村健三と錦織龍斎に呼びかけて

もう一度挑戦するのは胸を打つものがある。

 

第三章はそれまでと一変して急にサスペンス的になって

「大地の会」自体が崩壊に向かっていくのかと思いきや、

追放されるのは山崎だけという展開。

山崎がプロデューサーで振付師だったはずが、

仲村と龍斎が山崎とは違う考えを持ったために、

彼らは山崎を追放して独立独歩でやっていくことを選択し、

追放された山崎は「大地の会」の監視の目を恐れて

逃亡生活を続けているというラスト。

 

そもそも仲村や龍斎とは特別な信頼関係があったわけではないので、

彼らが山崎を追放するという展開も私は受け入れやすかった。

仲村は最後の最後でどういう人間かが語られるけれど、

それまでは断片的な情報が語られるに過ぎなかったし

龍斎は山崎のやり方に異を唱えることも多かったし、

境遇や年齢からしても山崎追放は自然かなと。

 

かっこ悪く描かれていた飯村卓人が「大地の会」のやり方を完全に見破って、

龍斎や山崎をやりこめるところはスッキリするし、

その後も一人で戦うのも悪くはない。

もっとも最後に「僕らの新しい教団の名前は」となるので、

KAZZも含めて宗教を捨てられないというのはスッキリはしないかな。

 

山崎が最後の最後に神様の言う通りで道を決めるのはユーモアがあって好きだし、

一方で山崎自身には

「ここでは諦めるほど、いまの私はやわじゃなかった。さぁ、次へ行こう。」と

言わせているように決して悪い終わり方ではないと思う。

ただ、大地の塔を壊すのや「大地の会」の壊滅エンドも

見たかったのは見たかったかな。

そうするとさらに分量が多くなるのと、

かなり雰囲気が変わってしまうとは思うけれど。

山崎の妻の美奈子や吉江香椰のエピソードは消化不良な感じはするけど、

全体としては非常に良かった。

【荻原浩】『砂の王国(上)』についての解説と感想

本記事では荻原浩さんの小説『砂の王国(上)』を紹介します。

砂の王国

砂の王国(上)

著者:荻原浩

出版社:講談社

読了日:2024年2月3日

ページ数:上巻496ページ

満足度:★★★★☆

 

荻原浩さんの『砂の王国』。

『砂の王国』は三章で構成されていて、

上巻には第一章と第二章の前半が収録されている。

 

あらすじ

大手証券会社に勤めていた山崎遼一はマンションの家賃が重圧となり、

消費者金融の取り立てから逃げ回ることに疲れて都心のマンションを捨てて、

ネットカフェに寝泊まりするようになった。

親しくなった青年タジマに現金を盗まれてしまい、ネットカフェにもいられなくなり、

路上で暮らし始め、全財産は三円になってしまった。

三円からの逆襲を誓った山崎は、性格の悪い占い師の錦織龍斎と

長身美形のホームレス仲村健三と公園で出会う。

 

登場人物

第一章 祈るべきは、我らの真下に登場

・山崎遼一:ホームレス。以前は興和証券に勤めていた。

      半年近くマルチ商法の会社に勤務していた。

・仲村健三:山崎遼一が住み始めた公園に以前からいたホームレス。

      身長は190センチ以上ある。

・錦織龍斎:山崎遼一が住み始めた公園近くの路上で開業している占い師。

      本名は西木で、錦織龍斎はペンネーム。

・美奈子:山崎遼一の元妻。

・タジマ:ネットカフェで山崎遼一が出会った二十歳の青年。

     山崎遼一から現金四十万円や携帯電話を盗んで姿を消した。

 

第二章 我が名を皆、大地と呼ぶに登場

・山崎遼一:大地の会の事務局長。木島礼次を名乗っている。

・仲村健三:大地の会の教祖。大城を名乗っている。沖縄の多良間島生まれ。

・錦織龍斎:大地の会の師範代。小山内を名乗っている。

・坪井和子:スーパーマーケットのフルタイムのパート。

      夫を癌で亡くしている。五十二歳。

・飯村卓人:ブログの「甘えん坊将軍DX,」の開設者。青年部の初代の会員。

      元ウェブデザイナー(見習い)。

・吉岡雅恵:坪井和子の知り合い。

・佐々木晴美:夫は私立総合病院の院長。五十六歳。

・斉藤麻弓:小鉢を八十万円で落札した女性。

・清水和也:ドレッドヘア。KAZZ名義でブログを書いている。

 

ネタバレなしの感想

大手証券会社勤務からホームレスに転落した山崎遼一が、

公園で出会った占い師の錦織龍斎と長身美形のホームレス仲村健三と組んで

新興宗教団体を作るのがメインストーリーで三章構成になっている。

一章がホームレス編、二章が宗教団体を立ち上げて運営していく話になっている。

上巻には二章の途中までが収録されている。

 

あらすじとして山崎が宗教団体を立ち上げるのは分かっているので、

一章のストーリーはある程度想像できるだろうけど、それでも私は一章が面白かった。

山崎がホームレスになった経緯やホームレスになった後の心情が描かれているけれど、

特にホームレスになった後の心情は分かるものがあってよかった。

落ちていく人間の様と失ってはじめて気づく有難みが丹念に描かれていて、

一章は大きな物語ではないけれど、面白く読むことができる。

ただ落ちていくだけではなく、そこから這い上がろうとする物語でもあるので

読んでいて暗くはならないはず。

上下巻なので気軽にはお勧めできないけれど、私は結構楽しめました。

 

 

ネタバレありの感想

とにかく私には第一章が面白すぎた。

下巻の解説にもあるけれど、吾妻ひでおさんの『失踪日記』を思い出した。

ホームレス生活いうのは実際になれば大変だというのは分かるけれど、

読む分には妙な面白さもあるのも事実でかなり楽しかった。

失踪日記』は90年前後の話で、

まだ景気が良かった時代で食べ物にも恵まれていたけれど、

本書は2000年代後半で景気が悪い時代ということもあって、

食べ物の調達も仲村健三という

独特な存在感を発揮する人物頼みになっているのも面白い。

後になって、山崎遼一が仲村を宗教団体の教祖に祭り上げる根拠にもなっている。

 

お金も1円単位に汲々としているのはリアルだし、

ホームレスの山崎が占い師の錦織龍斎を手伝ってサクラとしてお金を稼ぐというのも、

かなり現実的だと思うし、

宗教団体を立ち上げるヒントや龍斎を仲間に加える動機にもなっている。

傘を売ってお金を稼ごうとしたり、

そこから現実的な方法でホームレス脱出をしようと考えていたところなどが良かった。

正月を路上で迎えてアルミ鍋で雑煮を食べている描写なども印象に残った。

最後の最後で競馬で大金を得るというのはかなりのご都合主義かもしれないけど、

そこは受け入れるしかないだろう。

もっともそこまでの山崎の心理描写というか心の変遷があるので、

普通に就職するのではなく宗教団体を立ち上げるという選択は納得できた。

 

第一章のラストで宗教団体を立ち上げる話は結構簡素化されているのと、

龍斎と仲村は山崎と対等な関係とはいえないので多少盛り上がりに欠けるかな。

 

第二章は坪井和子や飯村卓人視点も交えながら進行していくが、

山崎と龍斎が組んでインチキ占いの変化形で勧誘する描写であったり、

山崎が仲村をうまくプロデュースして仲村を教祖に仕立てあげている。

小鉢が八十万円はやりすぎかなとも思うけど、

オークション形式であることを考えたら許容範囲かな。

飯村卓人のブログ描写は小説として読むと、ちょっとどうかと思うけれど、

時代背景を考えたらネット描写は無視できないか。

というところで上巻終了。