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【奥田英朗】『空中ブランコ』についての解説と感想

本記事では奥田英朗さんの小説『空中ブランコ』を紹介します。

精神科医伊良部シリーズの二作目である。

空中ブランコ

空中ブランコ

著者:奥田英朗

出版社:文藝春秋

ページ数:282ページ

読了日:2023年6月2日

 

奥田英朗さんの『空中ブランコ』。

第131回直木賞受賞作品であり、

精神科医伊良部一郎シリーズの第二弾である。

五篇収録の連作短編集になっている。

またアニメ化もされている。

 

空中ブランコ

あらすじ

新日本サーカスの空中ブランコのフライヤーである山下公平は

東京公演が始まって一週間で五回もネットに落ちてしまっていた。

演技部部長と妻のエリに勧められて伊良部総合病院の神経科を訪れる。

ビタミン注射と睡眠導入剤を処方されただけで診察は終わる。

翌日、伊良部と看護師のマユミは新日本サーカスを訪れて、

伊良部は空中ブランコに挑戦することに。

 

ネタバレありの感想

飛べない空中ブランコ乗りの話。

主人公の山下公平の話としてはサーカス育ちである公平のキャラクターや

時代や環境の変化であるとかが書かれていて、

最後の公平と内田が会話も含めて良い話になっている。

ただ一番インパクトがあるのはやっぱり伊良部のキャラクターで、

伊良部の体型で空中ブランコしたら盛り上がるだろうな。

 

ハリネズミ

あらすじ

紀尾井一家の若頭の猪野誠司は気がついたら尖端恐怖症になっていた。

内縁の妻の和美の勧めで伊良部総合病院の神経科を受診することになった、

医者の伊良部と看護師のマユミはやくざである誠司を少しも怖がることがなかった。

伊良部の勧めでサングラスをかけるようになったが、

症状はますます悪化していってしまう。

そんな時に血判状を送るために、親分の目の前で短刀で自分の指を切る必要があり、

伊良部にすがることになる。

 

ネタバレありの感想

尖端恐怖症のヤクザの話。

これは主人公の誠司の話が面白くなっている。

スキーのゴーグルをかけたり血判状をかなり無茶な方法で乗り切ったりと。

最後には対立したやくざの吉安がまさかのブランケット症候群であるというオチ。

 

・義父のヅラ

あらすじ

麻布学院大学医学部の同窓会に出席した池山達郎は

義父でもある学部長の野村栄介のカツラを剥いでしまいたい衝動にかられる。

伊良部は達郎の様子の異変に気付き、自分の病院を受診することをすすめる。

義父のカツラのことは言わずに伊良部に相談すると、

羽目を外し、童心に返ることというアドバイスを言われる。

達郎と伊良部は歩道橋に『金王神社前』と書いてあるのを『金玉神社前』に

変えようとするが。

 

ネタバレありの感想

破壊衝動がある精神科医の話。

伊良部の医学部時代の同級生の話ということもあって、

伊良部の過去の話もちょっと語られている。

他人のヅラを剥ごうとは思わないけど、

ある程度さらけ出した方が人間関係は楽だけど実際には難しいよな。

伊良部シリーズらしいぶっ飛んだ話になっている。

 

・ホットコーナー

あらすじ

プロ野球選手の坂東真一はベテラン三塁手だが

一塁へ送球することが怖くなってしまった。

親友で打撃投手の福原に相談すると医者に相談することを勧められたので、

伊良部総合病院神経科を受診することになり、

伊良部によりイップスであると診断される。

福原や伊良部と練習しても症状はどんどん悪化してしまい。

 

ネタバレありの感想

イップスの野球選手の話。

伊良部の何気ない一言で真一の症状が悪化していくのは笑えて、

真一の話は綺麗にまとまっている。

 

・女流作家

あらすじ

都会派作家の星山愛子は小説を書こうとすると、

過去に書いたことがあるネタなのではないかと不安になってしまう。

嘔吐症もあり、伊良部のもとを訪れることに。

愛子は家族の崩壊と再生を描いた『あした』という大作を書いたが、

重版がかかることもなく売れなかった。

再び伊良部のもとを訪れると、

伊良部が書いた小説にマユミがイラストを書いた原稿を渡される。

 

ネタバレありの感想

以前書いたネタじゃないかと不安なって書けなくなった小説家の話。

これは伊良部のキャラクター頼みではなくて、

中島さくらの映画の話や最後の愛子とマユミの会話など

かなりいい話に仕上がっている。

 

登場人物

・伊良部一郎:伊良部総合病院神経科の医師。三十六歳。注射フェチ。

       黄緑色のポルシェに乗っている。麻布学院大学医学部出身。

       以前は小児科だったがクレームが殺到して神経科に転科した。

       父親は日本医師会の有力者。

・マユミ:伊良部総合病院神経科の看護師(作中では看護婦)。露出好き。

 

・山下公平:「空中ブランコ」の主人公。

      新日本サーカスの演技部員で空中ブランコ乗り。三十二歳。

      舞台監督と妻に勧められて伊良部のもとを訪れる。

・猪野誠司:「ハリネズミ」の主人公。紀尾井一家の若頭。三十二歳。

      尖端恐怖症で内縁の妻の和美に勧められて伊良部のもとを訪れる。

・池山達郎:「義父のヅラ」の主人公。麻布学院大学医学部の講師で付属病院勤務。

      専門は神経科。三十六歳。伊良部とは大学時代の同級生。

      強迫神経症で同窓会で伊良部の誘われて伊良部総合病院を訪れる。

・坂東真一:「ホットコーナー」の主人公。

      東京カーディガンズプロ野球選手。プロ入り十年目のベテラン三塁手

      一塁にまともな送球ができなくなるイップスになってしまう。       

・星山愛子:「女流作家」の主人公。本名は牛山。

      都会に生きる男女の心の機微を描かせたら当代一とも言われる小説家。

      心因性の嘔吐症のため神経科を受診することになった。

 

総評

サーカス、野球、ヤクザ、作家そして同級生の医者相手に伊良部が大活躍している、

伊良部シリーズの二作目。

前作『イン・ザ・プール』同様伊良部のキャラクターが強烈で、

前作が楽しめた方なら楽しめるだろう。

シリーズものだけど、どちらから読んでも特に問題は無い。

基本的な話の構成は前作と同じで、面白さも前作同様になっていると思う。

前作がファーストインパクトなら

今作は伊良部とマユミの違う面をさらに楽しめる感じにもなっている。

単行本発売が2004年なので二十年近く前だけど、今でも十分楽しめる。