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【荻原浩】『月の上の観覧車』についての解説と感想

本記事では荻原浩さんの小説『月の上の観覧車』を紹介します。

月の上の観覧車

月の上の観覧車

著者:荻原浩

出版社:新潮社

ページ数:351ページ

読了日:2023年11月2日

 

荻原浩さんの『月の上の観覧車』。

八篇収録の短編集。

 

・トンネル鏡

あらすじ

故郷の日本海に面した小さな町を出て三十年。

新幹線で何度目かもわからない故郷へ向かう路の途中。

トンネルに入り、暗転のなか浮かび上がった自分の顔を見て、

人生を振り返り始める。

 

登場人物

・一朗:主人公。五十歳。

・佐和子:一郎の母親。

・恭子:一朗の妻。

千尋:一朗の娘。

 

ネタバレありの感想

日本海に面した町出身の男性が、上京し家庭を持ち、

紆余曲折を経て独りで故郷に帰ることになり、

その列車の中でこれまでの人生を思い返す。

話としてはありがちだとは思うが、読んでいて、くるものがある。

特に母親が東京から再び故郷に帰るところはきつかった。

 

上海租界の魔術師

あらすじ

九十三歳のマジシャンだった祖父が亡くなった。

孫である要は祖父との出来事を思い出す。

 

登場人物

・要:主人公。

・ジェームス牧田:マジシャン。要の祖父。

 

ネタバレありの感想

若い頃に上海でマジシャンをやっていた要の祖父の話。

マジシャンの祖父の話であり、お爺さんと孫の話なんだけれど、

この組み合わせには私はかなり弱い。

衰えている祖父がマジックに失敗するのや、

登校拒否の孫など多少重苦しい話だけど、

魔法はあるというラストは素晴らしい。

 

・レシピ

あらすじ

夫の顕司の定年退職の日、妻の理瑠子は料理を作って顕司を待つ。

暇なのでもう一品作ろうとして、

結婚する前から使っているレシピノートを取り出して見ていると昔を思い出して。

 

登場人物

・理瑠子:専業主婦。

 

ネタバレありの感想

定年退職する夫の帰宅を待ちながら、

自分のレシピノートを見てこれまでの恋を思い出す主婦の話。

学生運動などの現実の時代と理瑠子の恋とレシピがリンクうまくて結構面白いけれど、

オチだけは予想外でまさかの離婚を選択するわけだけれど、

その理由が料理を一度も「おいしい」と言わなかったことなので、

タイトル絡みになっている。

 

・金魚

あらすじ

妻の七恵が死んでから、藤本達人の世界は色を失ってしまった。

日曜日、毎年六月に商店街では祭りが催されていて、

わき道に入り込んだところで、少女から一匹の金魚を受け取る。

その金魚を家に持ち帰って飼うことになって、七恵とのことを思い出す。

 

登場人物

・藤本達人:住宅メーカーの営業。

・七恵:故人。達人の妻。

 

ネタバレありの感想

愛する妻を亡くして鬱状態になった男性が、金魚を手に入れたことにより、

妻との日々を回想する話。

話としてはこれもありきたりだとは思うけれど、愛する人を亡くして、

ああしていればやこうしていればという悔恨の情を読むのはつらい。

七恵が素晴らしいから余計につらいんだよな。

最後に金魚が二匹に増えたので救いはあるが。

 

・チョコチップミントをダブルで

あらすじ

康介と史絵は離婚して三年。

康介は娘の綾乃と年に一回だけ綾乃の誕生日の十二月に会って、

誕生日プレゼントを渡している。

今年はディズニー・シーに行く予定で電話をすると、

綾乃から、かつて親子三人で暮らしていた小さな遊園地に行きたいと希望されるが。

 

登場人物

・康介:交通誘導のアルバイト。

・史絵:元妻。

・綾乃:康介と史絵の娘。

 

ネタバレありの感想

妻と離婚して、娘と年に一回だけ会う男性が、過去を回想する話。

康介の考えや気持ちも分かるけれど、あまり感情移入はできないかな。

ただ綾乃の関係は良いし、読後感は良いけれど。

 

・ゴミ屋敷モノクローム

あらすじ

市の生活環境課の渡辺は

ゴミ屋敷問題でクレームを受けたので、ゴミ屋敷の関口照子の家に向かう。

渡辺は関口照子についても調べることになったが。

 

登場人物

・渡辺:市の生活環境課の職員。

・関口照子:ゴミ屋敷の主。

 

ネタバレありの感想

市民からゴミ屋敷のクレームが入り、ゴミ屋敷に出向いた市の職員が、

ゴミ屋敷に住む老婆の思い出に触れる話。

これはかなり良かった。

もちろん実際にはゴミ屋敷は迷惑でしかないんだろうけど、

物語としては非常に良かった。

関口照子があまりにも悲しいんだけど、主人公の渡辺は良い人だからな。

 

・胡瓜の馬

あらすじ

高三のクラスの同窓会が卒業二十三周年にして初めて開かれることになった。

水野は同窓会に参加するために、盆休みに妻と娘を残し、一人で帰省する。

駅から家に歩いているときに、かつての恋人の沙那のことを思い出していた。

 

登場人物

・水野シュウ:テレビコマーシャルの仕事をしている。

・沙那:水野の幼なじみであり、元恋人。

 

ネタバレありの感想

故郷にいた時に恋人として付き合っていた幼なじみの女性のことを回想する物語。

若い頃の恋愛だったり、故郷の話なんだけれど、

沙那が亡くなっているから、どうしてもifを考えさせられるかな。

沙那が年齢的に若いのもあって喪失感は結構ある。

 

・月の上の観覧車

あらすじ

ホテルやアミューズメントパークを経営する社長。

死者とつかのま出会える瞬間があると信じて、

営業時間が終わった後の観覧車に乗り込むが。

 

登場人物

・私:ホテルチェーンの社長。

・遼子:私の妻。

 

ネタバレありの感想

表題作。

老人が夜の観覧車に乗って、自分の人生をゆっくりとなぞる物語。

久生のところでちょっと泣きそうになって、

遼子が実は亡くなっていったと知って泣いてしまった。

これもありがちと言えばありがちなんだけど、泣ける話。

 

総評

全編に共通する大きなモチーフは「喪失」で、人生を回想していく物語。

全体的には似た傾向の話なのと重い話が多いので、

落ち込んでいる時に連続して読むとちょっときついかな。

四十代以上の主人公が六篇なので、

読者を多少選ぶかもしれないけど、若い人が読んでも楽しめるとは思う。

決して設定が珍しいわけでもないけど、それは悪いことでもないし、

普遍的だから感情移入はしやすいとは思う。

あと、読後感が素晴らしいのもあって高評価になる。