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【夕木春央】『方舟』についての解説と感想

本記事では夕木春央さんの小説『方舟』を紹介します。

方舟

方舟

著者:夕木春央

出版社:講談社

ページ数:304ページ(単行本)

読了日:2023年10月9日

 

夕木春央さんの『方舟』。

週刊文春ミステリーベスト10』2022年1位、

このミステリーがすごい!』2023年版国内編4位など

多数のミステリーランキングにランクインした作品。

 

あらすじ

越野柊一は大学時代の友人たちや従兄の篠田翔太郎と長野県の別荘に宿泊していた。

そして西村裕哉に誘われて、近くの山中にある地下建築物を訪れる。

だが、日が暮れたため、

『方舟』と呼ばれるこの建造物で一夜を明かすことになったが、

そこにきのこ狩りに訪れ、道に迷った矢崎一家も合流する。

しかし、地震によって地下一階にある出入り口は、巨岩によって塞がれてしまう。

『方舟』は設計図によれば地下三階まであり、地下三階には地上に続く非常口がある。

しかし、地下三階は水没しており、地震の影響により水位が上がりだしていた。

およそ一週間で発電機の燃料は切れ、

水位の上昇によって『方舟』は水没することになる。

ただひとつ助かる方法は、

巻け上げ機を操作し、巨岩を地下二階に落とすことだった。

しかし、それを実行すると操作する者は部屋に閉じ込められてしまう。

そのような事情が明らかになった直後に

『方舟』の発見者である裕哉の絞殺死体が発見される。

 

登場人物

・越野柊一:システムエンジニア

・篠田翔太郎:無職。越野柊一の従兄。

・野内さやか:都内のヨガ教室の受付。

・西村裕哉:アパレル系勤務。

・高津花:事務。

・絲山隆平:ジムのインストラクター。

・絲山麻衣:幼稚園の先生。

・矢崎幸太郎:電気工事士

・矢崎弘子:矢崎幸太郎の妻。

・矢崎隼斗:矢崎幸太郎と矢崎弘子の息子。高校一年生。

 

ネタバレなしの感想

はじめて読む夕木春央さんの本。

感想としては、ミステリー好きなら正直何も事前情報を入れずに読んでほしい一冊。

各種ランキングの上位にランクインしてるだけはあるかなと思う。

単行本で300ページなので今の本としては特に長くもないと思うので、

是非読んでほしいかな。

 

一応ネタバレなしでおすすめポイントを少し書いておくと、

地下建築滞在中に地震が発生し、閉じ込められてしまい、脱出するためには、

一人が残って巻き上げ機を操作する必要がある。

そして水位が上がってきているので、

一週間ほどで浸水してしまうという状況の中で殺人事件が起こるという話。

つまりクローズドサークルもの+脱出のための時間制限がある中で物語が進んでいく。

この設定だけでもミステリー好きなら興味持つかなと。

 

 

ネタバレありの感想

正直かなり衝撃を受けた一冊になった。

事前の情報としてはクローズドサークルものということは分かっていた。

 

プロローグで殺人事件が起きたのと生け贄を必要としてる記述があったので、

最初はかなりワクワクした。

しかし、早々にリスクありそうな『方舟』に越野柊一たちと矢崎一家が泊まったり、

『方舟』に残る生贄役を西村裕哉殺しの犯人にさせようとしたりと淡々と進んでいく。

篠田翔太郎が「犯人が分からなくては、

俺らは地下に残る一人を決めることができないという事実だ」と

言うのも分かるんだけど、

一週間近くあるならそれ以外の選択肢をみんなで話し合って欲しいと思ったので、

その描写はほとんどなかったのでちょっと

私の好みには合わないなと思いながら読み進めてた。

そして野内さやか殺しと矢崎幸太郎殺しが発生するわけだけど、

本格ミステリーの割には描写が全体的に淡泊に進んでいくという印象。

矢崎弘子の弟が宗教にハマって矢崎一家が地下建築に来たという話で

施設関係の話になるのかなと期待したけど、そうはならず。

 

ちなみに私の犯人予想は絲山麻衣でした。

根拠は特に無くて、

物語的に麻衣しか盛り上がらないだろうという、メタ的視点でしかないけど。

もっとも予想そのものは当たるのだけど。

 

探偵役の篠田翔太郎の名推理によって雑巾ではなくウェスを必要とした理由や

最初の裕哉殺しの動機も含めて一応の説明がなされる。

ここまでだとかなり話としては薄くてどう感想を書こうか迷ったぐらい。

 

評価が激変するのはやはりエピローグを読んでからで、

エピローグで本当の動機の部分が麻衣の口から語られることになる。

 

出入り口と非常口のモニターの配線の入れ替えと裕哉殺しの真の動機で、

この時点でかなり衝撃的。

クローズドサークルで殺人を犯すという普通ならおかしいことが、

正当化できてしまう。

しかもさらに衝撃を受けるのはラスト2ページで

麻衣がハーネスをもう一つ作ってたことを柊一に明かすことで

読後感を最悪にしてくれる。

でもこの読後感の最悪さは素直に受け入れられたし、誰かに語りたくなる。

 

 amazonのレビューでキャラクターの背景や犯行に至る経緯なんかを

しっかり作りこんで上下巻にすれば大作になったという意見があって、

これは分かるんだけど淡々と進んでいって

最後にどんでん返しがあるというのが妙だと思うかな。

イムリミットまで一週間あるので本来なら違う選択肢もあったはずだけど、

そこを正面から議論するのは難しい気がするし、

登場人物たちの背景を詳細に書くと違う印象になりそうかな。

なので私としてはこの形こそ最高なんじゃないかと思う。

 

序盤のトランシーバーアプリが最後の最後に使われているのは伏線になっている。

 

矢崎が巻き上げ機のハンドルを回すところで麻衣が止めるところや、

189ページの「麻衣も、緊張から解放されたのか、ほんのりと笑みを浮かべていた」も

ラストを知っていると意味がかなり変わってくる。

 

とにかく私は衝撃を受けたし、非常に印象に残る一冊になった。